金井美恵子(かない・みえこ)


【長篇】
軽いめまい[weblog]
噂の娘
彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄
小春日和(インディアン・サマー)
恋愛太平記(1・2)
道化師の恋
文章教室

【短篇集】
タマや

【エッセイ・NF】
目白雑録[weblog]
目白雑録2[weblog]
「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ[weblog]
待つこと、忘れること?



待つこと、忘れること?  4-582-83117-6
絵・金井久美子 平凡社 1600円


 2002.10.25初版。口においしく、眼に楽しく、頭におかしく、ピリッと栄養。冬に紅玉、夏の白熊。ギネスで猫見酒。目白・カナイ家の食卓を彩る、おいしい料理の数々から、めくるめく食の記憶の海へ。画家の姉と小説家の妹と、愛猫トラーが腕をふるった44皿。金井美恵子とその姉のスパイシー・エッセイ集。帯くどい。
 著者の本の装幀をしている久美子さんはお姉さんだったんですね。その無駄に凝った装幀(とくに本文レイアウト)は小説には不向きだが、こういう本にはいい。凝りも凝ったり、写真・図版もさることながら、本文用紙まで変えてある。よく見ると小口側に「透かし」ふうの柄が入ってたりもする。指定だけでも大仕事だったと思うが、よほどヒマなのか姉。
 くどい帯にあるように、食周辺から料理のレシピといった内容で、空腹時に読むとかぜん食欲がわく。それなのにああそれなのに、「あとがき」にヤなババアみたいなことが書いてあり、それは本心だとは思うし、心がけは立派だけど、ほとほと興ざめだし、だいいち買った人に失礼だよと、ファンとしては教えてあげたいような気分になる。

★★★(2003.1.7 白犬)


噂の娘  4-06-210986-7
講談社 2300円


 2002.1.7初版。金井美恵子先生ひさびさの長篇。初出「群像」1997.10〜2001.10。
 1950年代の夏から秋にむかう季節の数日間、幼い弟と「私」は、父親が突然病気で入院したために女所帯の美容院にあずけられる。商店街の片隅の美容院の鏡に映じて消える重層的なイマージュ。おびただしい噂話の破片とメロドラマが歴史の中に無数の瞬間を刻み込む。
 1950年代がどんなふうだったかというと……

 ゆみちゃんの同級生でも何人か『オズの魔法使』を見に行って、そういう目にあった女の子がいたっていうし、それに『浮気なカロリーヌ』とか『罪ある女』とか『ナイアガラ』とか、そういういやらしいというか色気たっぷりの女優の出る、エロっぽい映画とか西部劇みたいな(中略)『偽りの花園』と『雨の朝巴里に死す』は、どっちもメロドラマの女性映画で、男の客はまばらもいいとこだから(p.235)

 以上、洋画タイトルから抜いてみました。洋画のほかにも日本の俳優、女優の名もあがるし、なんといっても風物が懐かしい。わたしはもちろん生まれていないが、読んでいて母や母のきょうだいを思う。相変わらずの“酸欠文体”がややパワーダウンしたような気がするのは、かつて目白三部作を愛読したせいかもしれない。時間がどういう具合に過ぎたのか、というより、どう流れたのか、順序正しくそれを思い出して再構成してみることなどは、不可能というより、ほとんど無意味に等しい。

★★★☆(2002.2.15 白犬)


彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄  4-02-257484-4
朝日新聞社 1500円


 2000.5.1初版。桃子、というのは『小春日和(インディアン・サマー)』にでてきた、ちょっと生意気な女子大生で、その「小春日和」から十年、桃子も三十になってるんだけど、まだあのアパートに住んでいて、あいもかわらず実家の母親にいらだちながら生きているのであった。
 あの小説家の叔母さんも、花子ちゃんも健在で、アパートのとなりに住んでいた夏之は名前しか出てこないけど、アレクサンドル(『タマや』)くんは出てくるし、なんだかすごい久しぶりに親戚に会ったような気分。
 金井美恵子は、そこここに、たとえば村上龍や「新潮」や「日経新聞」などに対する、悪意に満ちた批評をちりばめており、これがまたただでさえ可笑しかったりもするのだが、しかし村上龍を揶揄ったシーンを見たすぐあとでテレビをつけるとあの太眉巨顔が偶然うつっていたりすると、たまらんのだ。
 基本的に《女小説》なので、男であるわたしにはうかがいしれない深遠な(!)部分もありそうで、そういうところは味わいきれていないのは明白なのだが、わたしの知っている女性愛読者によれば、これに出てくる〈女対女〉の関係――母・娘、叔母・姪、近所の小母さん・自分、弟の彼女・自分などなど――ことごとく正しく、ウケるといっていたので、女のひとは読んでみるといいのかもしれない。
 男読者のばあいは、まあ登場する情けない男どもに同情しつつ読み進むってのが安全でしょうかね。まちがっても「女ってなぁ浅はかだネ」なんて思っちゃいけない。男ほど浅はかじゃないんですから、じっさい。
 それにしても! この本も、河出文庫の一連の金井作品同様、実姉・金井久美子が装幀を担当している(AD・装幀・イラストレーション)。本文フォーマット・鈴木一誌、組版校閲・前田年昭、というクレジットもある。こいつら……なんなんだ。なにを考えて、こう“奇をてらって大失敗”なレイアウトをして平気なんだ? 不安定さを訴えたいのか? 居心地の悪さを表現したいのか? 彼らにとってのレイアウトの主眼は、読ませることではなく自己主張にあるとしか思えない。やたらと狭苦しい天地のアキ、それと正反対に、余白ばかりの小口、素人くさい“天地中央の章見出し”……。金井作品の、唯一の欠点はデザインだ、と思う人はいないのか。みんな(編集者や営業やその他の関係者、そして読者)、これでいいと思っているのか。とても疑問なのである。

★★★☆(2000.5.16 黒犬)


小春日和(インディアン・サマー) Indian Summer  4-309-40571-1
河出書房新社/河出文庫・文藝Collection 640円


 1999.4.2初版。オリジナルは88年11月の中央公論社刊。
 金井美恵子目白四部作を、これで全部読んだことになりました。いちおう、本来の順番(解説に書いてあった)は『文章教室』『タマや』『小春日和』『道化師の恋』だそうで。わたしは1-4-2-3の順番で読んでしまったわけですね。なにか問題があったかというと……まったくナシ。
『タマや』の主人公はカメラマンの夏之くんという人で、彼の下宿のとなりには女子大生かふたり住んでました。で、そのふたりのかたほうが桃子という子で、さいしょに田舎から上京してきたときは小説家をやってる叔母さんの家に居候してたんですが、その居候時代のお話です。
《少女小説》というカテゴリーをどう理解したらいいのか、よくわからないのですが、そうなのだといわれればそうなんだろうなあ、と。『文章』『道化師』を読んだときのインパクトに比べると、『タマ』『小春』は弱い。でももちろん、頭の堅いお母さんお父さんは出てくるし、笑えます。
 それにしても。
 この4作――河出文庫文藝Collectionと銘打たれたニュー・バージョン――の組み版レイアウトは、ちょっとひどい。どうもDTP組版でやったようなんだが、全体に版面が下すぎるし余白が少なすぎる。非常に落ち着かない。扉でもなんでも、天地中央にしているから見た感じはすごく下になってるし。うーむ、鈴木一誌というデザイナーのせいなのか、あるいはアートディレクターとして名前の出ている金井なんとか(著者の姉か妹ですね)のせいなのか(ううむ、そもそも親族をそーゆーことに使うってのは好きじゃないが)。でも、これはDTPのせいじゃなくて、デザイナーのセンスの問題だと思いますねあたしは。

★★★☆(2000.1.22 黒犬)


タマや  4-309-40581-9
河出書房新社/河出文庫・文藝Collection 640円


 1999.6.4初版。オリジナルは1987年11月講談社刊。その後、91年に講談社文庫におさめられ、それを底本として河出文庫文藝Collectionバージョンとなっている(そのまえに普通の河出文庫にもなってたような)。
 で、タイトルからもわかるように猫がらみの連作短篇集。主人公はカメラマン(ドロップアウト気味)の夏之。友人のアレクサンドルからタマという妊娠中の猫をおしつけられ、夏之としてはアレクサンドルの異父姉と関係があったこともあり、しかたなしにいっしょに暮らすことになる。アレクサンドルの異父姉というのは行方不明で、振られた男どもが連絡をしてきたりもするわけだが、そのなかのひとりは夏之自身の異父兄だったりもして、まあそのへんたいそう出来過ぎのお話ではあるのだが、例によって金井美恵子なので読めるのであった。
 比較的古い作品だということもあり、『恋愛太平記』にみられるような“怒濤の金井美恵子節”よりは読みやすく、短いし、金井入門書としてはいいかも。急性中毒患者としてはやや物足りないけど、でもこういう小説のほうが普通だよなあ(笑)。

★★★(2000.1.19 黒犬)


恋愛太平記(1・2)  4-08-747127-6 4-08-747128-4
集英社/集英社文庫 1=648円 2=629円


 1999.11.25初版。底本は1995年6月刊(集英社)。
 さてことし(99年)も押し詰まってまいりましたが、個人的“めっけもん作家”は金井美恵子でしたね。『文章教室』『道化師の恋』ときてこの作品を読んだわけですが、なんというか麻薬のような文章ですな。他の誰がやっても、なに考えとんじゃワレぇ、とたたきつけたくなるでしょうけど、金井作品と金井文体は、もう切っても切れないです。通常の文章でこの話を読んだっておもしろくもなんともない。
 メインとなる登場人物は、群馬のあたりで生まれ育った四人の姉妹。長女はアメリカで結婚し、その後離婚。次女は芸術家で結婚していたけどこれまた離婚。三女は幼稚園の先生をやってるときに妻を亡くした子持ちの男と結婚。四女は同棲期間をへて結婚。いかにもなホームドラマでありまして、例によって“人の話なんざ聞いちゃいねえ”母親なんかも出てきます。事件が起こるつったってその離婚騒ぎだのその後のお見合いだのあるいは内緒の不倫だの、そんなかんじの非常にドメスティックな問題ばかり。でもやめられない。麻薬です。
 あたまがいいんだか悪いんだか、エゴのかたまりみたいな四姉妹+母親で、じゃあ男は利口かというと輪をかけて馬鹿だったりもするし、あんがい世の中の人間なんてみんなこんなものかもしれないけど(自分も含めて)、ひとの愚かさは見ていて楽しいわけです。
 非常に読みにくい、饒舌かつセンテンスの長い文章ですが、いやあそれでも読ませる吸引力。これにはまいった。

★★★★(1999.12.23 黒犬)


道化師の恋  4-309-40585-1
河出書房新社/河出文庫・文藝コレクション 780円


 1999.7.2初版。『文章教室』がさらにパワーアップして復活。うひぃ、おかしい。
 前作でめでたく助手の中野をひっかけて結婚した桜子(もう子供は生まれておる)、新人賞佳作をとって作家のたまごになった善彦を中心に、例の現役作家、桜子の祖父渡辺七郎とか、なつかしい前作ヒロイン佐藤絵真おかあさんとダンナの佐藤氏、善彦の家族(おかあさんが傑作)などなど、新旧とりまぜた登場人物が入れ替わり立ち替わりです。
 この恋愛小説とも風刺小説ともつかない(いや、恋愛小説とはいわんか。いわんだろうな)長篇(連作短篇風構成ですが)、あまりにおかしくて一気読みでした。みなさんてってー的に俗物で、あの馬鹿な桜子すらまともに見えたりする瞬間もあり、でも渡辺画家じいさんがクールでいいかな。善彦は美青年だということだけどきっと根本的には馬鹿なんだろうな。しかしなんだかんだいって一番かっこいいのは颯子であったような気も。と、登場人物それぞれに感情移入したり拒絶したり読むほうも忙しいです。
 でもこれお勧めだなあ。『文章教室』『道化師の恋』ふたつ続けて、読め読め。
 扉裏に「本文組デザイン鈴木一誌」というクレジットがあるってことは、本文の組みかたや書体などをデザイナーが指定したってことなんでしょうけど、なんか読みにくい。なんでこういうデザインにするかなあ。

★★★★(1999.9.12 黒犬)


文章教室  4-309-40575-4
河出書房新社/河出文庫・文藝コレクション 780円


 1999.5.6初版。わーははは、おかしい。この人の本、はじめて読みました。いやあ、笑える。
 主人公は「文章教室」に通う四十代の主婦。夫アリ、娘アリ。夫は浮気してる。娘は大学の助手に恋をしている。んでもって主人公もまた不倫していたりする。登場人物はすこしずつリンクしており、ニアミスしそうでしない。文章教室の教師である現役作家はゴールデン街の酒場の女の子に恋をしてて、その酒場は大学助手も常連だったりする。くわえて大学助手の家は、主人公の父親の住まいに近く、父親の家は現役作家の仕事場の隣だったりする。
 主人公の秘密ノート(わーははは)「折々のおもい」からの引用があり、各種書籍雑誌等からの引用もあり、登場人物の俗物さかげんとか陳腐さかげんがかなりおかしい。みんな、ダメダメちゃん。
 ばかばかしくて好きです。なによりおかしいのは、この本を読んで「なにもわかってないくせに!」と非難の手紙を書いてきたという主婦(文庫版あとがきで紹介されている)。アホか。

★★★☆(1999.9.7 黒犬)

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last updated : 2006/7/1
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