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May 30, 2006

金井美恵子『軽いめまい』○●

 主人公の夏美は、郊外にある築7年のマンションで夫と小3と幼稚園児の2人の息子と暮らす専業主婦。これといって不満もなく、不自由があるわけでもない。けれど蛇口から流れる水を眺めているときなどに覚える放心に似ためまい。どうってこともないんだけど、そういうことって、ない?
 金井美恵子の長篇。「家庭画報」連載の掌編を元に「ほとんど新しく書き加えた」とある。登場人物が入り組んでいるほかの作品に比べればはるかに読みやすいが、だらだらと切れ間なく続く例の文体は健在。面白く、読み終えるのが惜しいくらいであった。最初のほうの、ジョギングに精を出す「三階の奥野さんのご主人」が、「カバを漂白したみたい」というのには笑った。
 中でも出色なのが、夏美が「置かれている商品の並び方までもが目に浮かぶほどあきあきしている」スーパーの光景。

入ってすぐ左手に葉物、根菜、トマト、キュウリと並ぶ野菜のショーケースをはさんで、果物とキノコ類と乳製品、奥まったところに紀ノ国屋とパスコのパン売り場(中略)隣の冷凍魚のショーケースには、大きさで何種類かに分けられているブラックタイガー、大正エビ、エビむき身、あさりむき身、白身魚のすり身、シーフード、ホタテ貝柱、その隣の肉売り場には、半調理製品のカツ、ヤキトリ、竹ぐしに刺したサイコロステーキ、ロールキャベツ、ハンバーグ、鳥肉、牛豚あいびき、牛ひき肉(赤身80%以上保証! のラベル)のトレー入りパック、輸入牛肉、国産牛肉(以下略)(p.72-74)

 とまあ、こんなかんじで約2ページ。
 何もしないから何も起こらない。およそ変化に乏しい日常生活の中で感じる「軽いめまい」。
 533円はまったくもってお買い得。本屋ではなく、スーパーのお茶やコーヒーなどの棚の隅っこにそっと並べてみたい。おすすめ。

★★★★☆(2003.4.16 白犬)


 2002.2.15初版。単行本は97年4月刊。「家庭画報」(88年2月号〜12月号)に掲載されたものが元になっている。
「南と東に大きなヴェランダがあって」からはじまる冒頭の1センテンスは延々と、息継ぎしながら3ページ近くつづく。おおこれぞ金井美恵子。他の誰もまねできない、いや、できるかもしれないが所詮金井美恵子の真似だよねとしか思われない、芸風だ。
 ストーリー? そんなものは、ない(笑)。郊外のマンションに住む専業主婦夏実の日常生活が、綴られるのみだ。そんな話のどこが面白いのかといわれると困るが、しかしおもしろいのだから仕方がない。夏実の思考はあちこちにとび、なにかがその瞳にフォーカスされるとディテールがこれでもかというくらい描写される。買い物リストから、結婚何年目が何婚式というのかふさわしい贈り物はなにかとか、読んでいるほうもめまいを感じたりするのである。

★★★★(2006.5.26 黒犬)

講談社/講談社文庫 533円 4-06-273376-5


posted by Kuro : 00:54

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comments

はじめまして。「本屋ではなく、スーパーのお茶やコーヒーなどの棚の隅っこにそっと並べてみたい」はその通りですね。あとはレシピや料理本の横に置いておくのもいいなぁと思いました。

投稿者 Lamyay : May 30, 2006 12:07 PM

こんにちはLamyayさん。
さいきんスーパーのはしごが趣味になりつつある白犬です。本書を読んだのはもうずいぶん前になりますが、当時はスーパーに行くたびに商品の陳列法について考えてみたりしたものです。引用した部分の商品の羅列には、ほんとシビれました。

投稿者 白犬 : June 5, 2006 12:51 PM

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