篠田節子(しのだ・せつこ)
【長篇】
讃歌[weblog]
ロズウェルなんか知らない[weblog]
砂漠の船
コンタクト・ゾーン
妖櫻忌
ハルモニア
百年の恋
斎藤家の核弾頭
第4の神話
ブルー・ハネムーン
贋作師
【短篇集】
夜のジンファンデル[weblog]
静かな黄昏の国
青らむ空のうつろのなかに
レクイエム
死神
【エッセイ・NF】
三日やったらやめられない
初出『小説推理』2003年4月号〜2004年3月号。「ノスタルジア」改題。
人が人らしく生きられるのは、地域に根づいた家族の中だけ――両親の出稼ぎのために寂しい子供時代を送った大沢幹郎はそう信じている。出世コースと引き替えに転勤を断り、多摩ニュータウンで大手デパート勤務の妻と受験をひかえた娘と暮らす。自分で選び、自分で築いた、理想の生活は、近くの公園でホームレスが変死したのをきっかけに、緩やかに崩壊して行く。やがて幹郎の育ての親ともいうべき祖母が亡くなり、その数日後に父が急死。父が死の直前に訪れたのは、公園で変死したホームレスの墓だった。
かたくなな男である。転勤を断り、妻の海外出張をやめさせ、娘には地域に根ざした職業に就くことを望む。だが、いわゆる俺様タイプではない。いちおう話し合うくらいの知恵はある。ここがミソ。後半、勝手にデジタル・アートの道に進むことを決めた娘にキッパリとこう言われる。
「私に教員だの、福祉指導員だのなんて仕事、絶対できるわけないじゃない。介護だのヘルパーだのなんて、もっと。嫌いだから。人間も嫌だし、雰囲気も嫌。あの連中、大嫌いだと言ったでしょう、前に。真理や蓬田さんたち、悪い人じゃないけど、嫌い。彼らと一緒にいると吐きそう」(p.345)
「よし、よく言った娘」と、ここで思いましたねわたしは。こんな父親というか旦那、ぜったい嫌だもの。暗くて地味な作品だが、こういうところがシビれるくらいうまい。この「ねばならない男」の世界が崩壊して行く話に、変死したホームレスの謎がからむ。読み応えの396ページ。
2003.4.30初版。「サンデー毎日」01年8月〜03年3月連載の大長篇1300枚。2段組512頁の大部であります。
舞台は南アジアの架空の島国テオマバル。直行便はなく、マニラ経由でテオマバルの首都サプル。リゾートはそこからさらに別のバヤン島へ。経済危機に直面したテオマバルは政情不安定であぶない雰囲気。しかし例によって日本人には危機感がない。半年に一度のせっかくの長期休暇なんだから、リゾートで羽を伸ばさないでどうする、と降り立ったのは30代の独身女3人組。現地ガイドを振り回しながらも悠々と休暇を楽しむってことならいいが、それだけじゃ小説にはならない。ついに暴動は熱帯の楽園にまでおよび、彼女らはいやおうなしに巻き込まれることに……。
どうしようもないバカ女たち(でも多分ほとんどの日本人の意識を代表している)に読みながら腹を立てるばかりの導入部ですが、それは著者の思うつぼ。
2002.10.30初版。初出は早川書房「ミステリマガジン」や朝日新聞社「小説トリッパー」や、角川ホラー文庫のアンソロジー(たぶん)など。全8篇。
血も凍る篠田節子ホラー短篇集。といったら言い過ぎか。まあものすごく怖かったり素晴らしかったりというわけではないんだけど、大はずれでもない。
表題作、ネタはばればれなんだけど、そんなことよりも、落ち着いている老人たちがおそろしい。「子羊」も同じく近未来もの。
音楽系の「陽炎」「エレジー」はいまいちだった。
生理的には冒頭の「リトル・マーメイド」が、キタ(笑)。うげえ。篠田節子はこうでなくっちゃ。
篠田節子の幻想ホラー作品集。
終身介護の営業マンの言葉に乗り、自然に囲まれた家で暮らすことになった夫婦を描いた表題作「静かな黄泉の国」いい。ひさしぶりに「近未来」という言葉を思い出した。あと面白く読んだのが、「一番抵当権」。放漫経営から借金苦に陥り、金策に走り回る男性ライター。なんとか工面できてもぜんぶ飲んじゃう。羽振りがよかった時期が忘れられない。そんなしょうもない男がリアルに描かれている。次作期待。
2001.11.30初版。「小説王」1995.1月号掲載作品を加筆改稿。
高名な女流作家、大原鳳月が死んだ。彼女の死を悼む担当編集者のもとに、鳳月の秘書、律子が自作の原稿を持ち込んでくる。律子の小説は、筆がすすむに従い鳳月の文章に似てくる。律子は師の遺作を自分の名で発表しようとしているのではないのか――謎を追う編集者が見たものは。
立て続けにホラーサスペンス大賞の新人の作品を読んだあとだけに、安心して読むことができた。一人で参加したパーティーで昔馴染みに会ったときのような気分とでもいうか。例によって安全着実ながら、すっきりとした怖さで読後感充実。
ほんとうに怖いことは、実はじぶん自身の中にある。他人にはなんでもないようなこと、たとえば窓の外を横切る影に粟立つような恐怖を感じるとき、そんなホラーがわたしは読みたい。
2001.8.25初版。
篠田節子のエッセイ集。ウチに転がっていたので読んでみた。前にも書いたことがあると思うが、いやあつまらん。この人エッセイやめたらどうか。斎藤綾子氏との特別対談もなんかいや。
2001.2.10初版。98年1月にマガジンハウスより刊行されたものの文庫化。
テレビドラマになったしマガジンハウスだったし、などとなんとなく手が出なかった一冊。しまった、もっと早く読めばよかった。
主人公東野はマイナーな、つまりレッスンやオーケストラのエキストラで暮らしているけど演奏家としての夢も捨てていない、チェリスト。あるとき、脳に障害を持つ女性由希のチェロ指導を依頼される。行ってみたらばこれがもう大変な能力の持ち主で、言語能力や感情など一般人に備わっているべき能力がないかわりに、音楽のものすごい能力を持っているというわけなのだった。つまり、ひとの演奏をきいて、すかさず記憶し、演奏できてしまうのだよ。
いやあすごい迫力。
2000.12.1初版。「週刊朝日」99年12/31・00年1/7号〜00年6/30号に連載したものに120枚の加筆。途中、主人公が執筆したという設定の「育児日記」は、著者と同じ仕事場を借りている作家のひとり・青山智樹によるもの。
主人公はタクシン(おたくの真一)と呼ばれる冴えない科学系ライター(年収200万)。インタビューをした信託銀行勤務のキャリアウーマン梨香子(年収800万)と恋に落ち、めでたく結婚。もちろん篠田節子の小説だから、それだけじゃ終わらない(どころか話はここから)。タイトルがタイトルですからね。
結婚したのはいいが、妻の生活態度や性格の実態を目の当たりにして、とまどい、鬱々と過ごす新婚生活。年収や勤務形態の違いから、どうしても真一が“仮性専業主夫”っぽくなってくる。そうこうしているうちに妻の妊娠が判明。さてどうする。おなかの子はほんとーに自分の子なのか……!?
なんともキツい(であろう)小説だ。男女同権、子育て分業、などと世間にながれるフレーズは心地よいが、現実問題としてはどうなのか。未熟な若者が簡単に親となり、簡単に子供を虐待する昨今、産むのは損か得か、そーゆー話になってばかり。
本作では、篠田節子お得意の“モンスター”(「あとがき」より)がカリカチュアライズされて、どたばたコメディの様相を呈しているのだが、実際は、強調されているぶっとびぶりよりも、主人公のダメさ加減を書きたかったのだろうなあと思えるのである。とくに最後のほうのなつかしの「××××論争」もどきなんか、すげえ馬鹿だし。こういう底意地の悪さは、もう、たまんないっす。これでこそ篠田節子。
しかし、この小説が、父性だの母性だのなんだのの手本的な読まれかたをしたら、とてもいやだ。「育児日記」を挿入するなんざ、愉快犯的なニオイもするんだが、けっこうマジで受け取られかねない国だからね、日本は。おおこわ。
1999.12.1初版。底本は1997年4月、朝日新聞社刊。
うわははははは愉快愉快。なんというか、まあSFなんですが。
ときは今から百年ぐらいあと。舞台は日本。どうやら首都圏に大地震があったらしく、日本国家はカースト制でもって再編成されており、東京じゃあ何十階建ての建物しか建てちゃいけなくなっており、先祖代々の一戸建てを守っていた斎藤さんちは国の陰謀で、東京湾上につくられたニュータウンに追い出されてしまう。というとっかかりなのですが、事態はあれよあれよといううちに大変な騒動になっていきます。
その騒動は騒動でおかしいのですが、やはりなんといっても斎藤家の家長たる総太郎くん――もと裁判官で特Aランクの市民だったのに裁判もコンピュータでやるようになったため失業――のとんちんかんぶりが笑えます。いや、じつはこういう思想は未だに、おそらくわたしの親の世代には確実に、そして同年代のひとびとのなかでも一部には残っているし、笑ってる場合じゃないかもしれないんだけど。
そしてその家長に反発し対立する概念としての母性をもつ妻美和子(対立っていうよりほんとは同じ穴のムジナなんだろうけど)がいて、この騒動に拍車がかかっております(まあ家長制度のばかばかしさがメインなんだけど)。
斎藤夫妻の子供たち、とくに家長制度の具現者である長男の敬、そして新人類(超人類か)ともいうべき末っ子の小夜子なんかもよく書かれておりおもしろかったです。いやはや日本の未来はこわい。
1999.12.10初版。篠田節子の新作長篇。
四十歳で独身の女性フリーライター小山田が、出版社の依頼で一大ブームをおこした物故女流作家の評伝を書くことになる。バブルの時期に、きらびやかな作品を発表していた作家・夏木柚香を取材していくうちに、小山田はそのうらに、家族愛にあふれる女のすがたを見る。しかしさらにその周囲を見わたすと、さらに隠された女の姿が……。
バブルの時代に宝石だのなんだのを題材に、やたらと不倫小説を量産した作家、という設定はどこからみても森瑤子そのままなんですが、いちおうフィクションですから具体的なモデルというわけではなく、ただそういう存在を借りただけでしょう。実相寺三枝子という一介の主婦から、シンデレラストーリーで階段をかけのぼった夏木柚香という存在、それを裏でサポートしていた男たちと妨害していた夫、なかなか魅力的な題材なのですが、作品全体の評価はあまり高くできないというのが正直なところ。普通の作家ならそこそこよく書けましたというところでしょうけど、あの篠田節子ですからこちらの求めるものも、こんなもんじゃなく、もっと壮絶で意地悪で悲惨なものでなくては。
はためには恵まれた一生を終えた作家の過去と、現在なんとか生きているフリーライターとの対比というのはまあいいでしょう。またライター稼業のつらさ――スポンサーの意向と自分の書きたいものとの板挟み――などもいいと思います。が、最後まで読むと、どうも不完全燃焼というか物足りなさが残りました。かなりいそいで書いたのでは、とも思ったし。モノローグをえんえん1ページやったり、あるいは「ヒュージョン」という表記をしていたり……そんなことは作品の質とは関係ないのかもしれないけれど、どうしてもひっかかってしまう。物語にのめりこめない。
篠田節子には、じっくりと、満足のいくまで書き込んで推敲して、そのうえで世に出してほしいなあと思いました。
篠田おねいさまのデビュー2作目。読みのがしていたのだが、文庫化を機に読んでみた。
……だっさー(笑)。いやあ今をときめく直木賞作家も、むかしは下手っぴだったのね。これを刊行当時(91年だかそのあたり)に読んでいたら、“ああこりゃこの新人はだめだわ、ものにならんわ”と思っていたに違いない。
結婚詐欺師コンビ、元気なおねいちゃんとオタクな青年が、カモをひっかけたつもりで実は……というコンゲーム小説としてはありきたりな展開。伏線がまるでゴチックで印刷されているかのようにわかりやすく、篠田節子が書いたといわれなければ読みとおせないだろうなあという稚拙さ。ほほえましいぐらいです。
しかしなあ、たかだか七、八年前には「光ディスクというものを(OA機器見本市!!で)見てみたい」という具合だったのだなあと、どうでもいいところに感心。先端技術を小説に取り込むのは難しいですね。今だったら「DVD」あたりなんだろうか。
でもまあちゃんと進歩・成長していく作家というのはたしかにいるわけで、そういう意味では安心しました。
短篇集。うまいやねえこの人は。
収録作品は、「幻の穀物危機」パニック物。「やどかり」サイコホラー。「操作手(マニピュレーター)」SFサイコ。「春の便り」お化け。「家鳴り」肥満ホラー(笑)。「水球」リーマン哀歌。「青らむ――」養豚児童虐待。ってところですかね。乱暴すぎる要約ではあるが。
展開のおもしろさでは冒頭作品。心情的には「春の便り」。表題作がちょっと散漫な気がしました。(『家鳴り』と改題して新潮文庫刊。2002.6)
いらいらして眠れなくて、夜中に起きて酒をちびちび舐めながら読みました。
すいすい読める(さすがに文章は練れてる)ので明るくなる前に読み終わったです。
短篇集。6本入り。ちょっとこわい系。あまり夜中に読むもんじゃなかったかも(笑)。どれも、さすがに篠田節子で、変なのはないんですが、印象としては、どこかできいたことのある話、ってのもちらほら。もちろん“芸”はあるので安心だ。雰囲気的にはお彼岸もの(どこかできいたことありそうなんだけど)、内容的には子供虐待もの(たまらんものがある)、心情的には往復わらしべ長者もの(やっぱプライド忘れちゃいかんね)。
刊行時にはチェックしてなかった。デビュー作『絹の変容』刊行の数カ月後に出たらしい。乱歩賞に応募したものですね。
ミステリー仕立てだということもあってか、現在のような持ち味が出ているというわけではないが(あっさり味である)、でも「やなやつ」を書かせると上手いというのはこのころからだ。主人公の敵役として登場する、物故大画家の姪なんて、主人公より存在感あるかも。芸術に関心がなくて、自分の利益ばっかり気にして、他人はみんな自分の財産を奪おうとしているのだと思いこんで主人公の仕事の邪魔ばかりする。いるよな、こういうやつ(笑)。
嫌なオンナを描かせると天下一品の著者の連作短篇集。あとがきにもあるように、かつて働いたこともある福祉事務所を舞台にしたということで(経験はあっても――守秘義務で――書けないことが多い)、いろいろ難しいところもあったようだが、それがいい方向に出たように見える。「花道」の綾、「失われた二本の指」の幸子みたいな最低なオンナたちを書くと、実に上手い(笑)。(単行本は品切れっぽいです。文春文庫版もあり。1999.10)
last updated : 2006/10/02
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