浅田次郎(あさだ・じろう)


【長篇】
憑神[weblog]
壬生義士伝(上・下)
オー・マイ・ガアッ!
シェエラザード(上・下)
きんぴか


【短篇集】
あやし うらめし あな かなし[weblog]
お腹召しませ[weblog]
沙高樓奇譚
薔薇盗人
五郎治殿御始末
歩兵の本領
姫椿


【エッセイ・NF】
満天の星 勇気凛々ルリの色4





沙高樓奇譚(さこうろうきたん)  4-19-861514-4

徳間書店 1600円


 2002.5.31初版。初出は「問題小説」の96年2月号、99年8月号、2000年10月号、01年7月号、10月号。「高」はハシゴ高です。

“南青山の秘密サロン「沙高樓」
 功成り名を遂げた人々の口から
 夜ごと語られる秘めやかな真実”

 と帯にあります。連作短篇集で、5つの話が語られます。沙高樓で語られた話は、決して他人に漏らしてはいけない。語り手も、決して嘘を混ぜてはいけない。そういう縛りのなかで、世間には漏れなかった秘密の話が紹介される。
 語り手は、室町時代から続く刀剣鑑定宗家の34代目、大学病院勤務の医師、伝説の映画監督についていたカメラマン、有名トップガーデナーの“庭番”、三千人の組員をたばねるやくざの組長。〈語りの浅田〉ですから、それぞれの語り口は効果的で、ちょっとホラーっぽい話をうまく聞かせてくれます。
 が……。イマイチだなあ。雑誌掲載はけっこうとびとびで、とくに第一話と第二話の間は2年以上あいている。だから仕方がないと言えなくもないが、それにしても本書の語り手である文筆家「私」とそれを沙高樓につれていってくれた「小日向」(これが第一話の〈語り手〉である刀剣鑑定家)との関係性がぐちゃぐちゃなのはいただけない。第一話では敬語で話していたのに、第二話以降はくだけちゃってる。どちらかに統一すべきでしょう、これは。
 それが気になってしまい、話の中身にひたれなかった。浅田次郎たるもの、これではいけませんな。

★★★(2004.2.16 黒犬)



薔薇盗人  4-10-101921-5

新潮社/新潮文庫 514円


 2003.4.1初版。単行本は2000年8月刊。浅田次郎の短篇集。まあそれだけで他に説明はいりませんな。
「死に賃」「ひなまつり」は例の調子(笑)で、安心して読めます。
 表題作「薔薇盗人」はなあ、なんか気持ち悪いんだよなあ。語り手は小学生6年生で、航海中の父親(パパは船長さん)にあてて書いている手紙、という体裁なんですが、これが気持ち悪い。いちおう英語で書いているという設定なんだけど、それにしてもなあ。タイトルとの“ひっかけ”もすぐわかってしまい、驚きがない。著者には思い入れがあるのかもしれないが、表題作にする価値、オーラスにもってくる価値があるのかどうか。わたしはちょっと否定的。

★★★☆(2003.5.25 黒犬)



五郎治殿御始末  4-12-003351-1

中央公論新社 1500円


 2003.1.1初版。初出「旅行読売」「中央公論」。明治維新の大失業にもみずからの誇りを貫いた侍たちの物語。全6編。帯のコピーからもわかるように主人公は旧幕府側、つまり「負け組」の人々である。この設定だけでも「やられたーっ」と叫んで走り出したくなる。
 表題作は、けっして逃げず、後戻りもせず、能う限り最善の方法ですべての始末をつけた、誇り高き桑名武士を描く。語り手の「私」が幼い頃に曾祖父に聞かされた話を、曾祖父の当時の口調そのままに書き記した、いわゆる「聞き書き」の体裁をとっているが、どうしてこんなにうまいのか。『壬生義士伝』でもそうだったが、あっという間につり込まれ、一気に読まされてしまう。思わずほろりとしてしまう。くやしい。表題作のほかには、軽快な「西を向く侍」「遠い砲音」いい。買って損なし。

★★★★☆(2003.2.10 白犬)



 2003.1.10初版。初出は「旅行読売」「中央公論」。
 明治維新によって職を失った、あるいは転職を余儀なくされた「侍」たちの物語6篇。
 最近、浅田次郎の現代物はちょっと鼻につくようになってきた気がするが、時代物・人情講談はやはりうまい。
「椿寺まで」浪人が追い剥ぎをする甲州街道を、もとは旗本の日本橋江戸屋小兵衛と捨て子だった丁稚新太が八王子へと向かう。彼らが立ち寄った椿寺に隠された秘密とは。
「箱館証文」明治2年箱館五稜郭で、千両で売った命。今になってその借金の取り立てがやってきた。
「西を向く侍」和算・暦法の専門家として幕府につかえていた成瀬は、新政府への出仕を待つだけの日々を送っている。太陰暦から太陽暦への改暦は成瀬の人生をおおきく変える。
「遠い砲音」暦だけでなく、時間制度も変わる。が近衛隊の土江中尉はそれになじめず、遅刻を繰り返す。
「柘榴坂の仇討」桜田門外の変から13年、いまだ江戸をひきずり井伊直弼の仇を討とうとする侍がいた。仇討ち禁止令布告前夜、ついにふたりの男がめぐりあう。
「五郎治殿御始末」桑名藩の侍だった岩井五郎治。廃藩置県で桑名県となったのちも役所に出仕していたが、三重県に統合されるのを機に御役御免となる。そして300年つづいた岩井家もそこで断ち切ろうとするが――。
 なかなかどれも捨てがたい。「箱館」や「砲音」は滑稽です。「椿寺」「五郎治」は反則の子供物だ。
 ストーリーもいいのだけど、暦法や時間が変わってしまうという、明治初期というのはとんでもない時代だったのだなあと改めて感心。

★★★★(2004.2.24 黒犬)



壬生義士伝(上・下)  4-16-764602-1 4-16-764603-X

文藝春秋/文春文庫 上下各590円


 2002.9.10初版。初出誌「週刊文春」98年9月3日号〜00年3月30日号。単行本は00年4月、文藝春秋刊。第13回柴田錬三郎賞受賞作品。
 新選組の隊士のひとり、南部藩を脱藩して入隊した吉村貫一郎のものがたり。
 とはいえ、主人公吉村貫一郎はすでに切腹中(!)。その吉村にかかわりのあった何人かの人間が、50年の時を経て大正時代の「今」、彼について語るという構成になっている。神保町の居酒屋のオヤジもいれば、元警察官、ヤクザの親分、医者、建築家、帝大教授などなど。彼らはいずれも、新選組の同僚であったり後輩であったり、あるいは郷里南部藩ゆかりの人たちであったりする。
 妻子への仕送りのため、守銭奴と蔑まれるほどに金に汚かったという吉村だが、果たして彼の真の姿は……。
 くやしいが泣かせます。
 つくづく、浅田次郎は《語りの作家》だなあ、と思う。『天切り松闇がたり』のシリーズ(全3巻)もそうだが、口語で畳み込み、泣かせる。短篇「ラブ・レター」なんかも、書簡体ではあるけれど、その系統といってよさそうですな。「角筈にて」「うらぼんえ」などもそう。
『壬生』ではそれに方言が加わり、江戸弁だけの『天切り松』よりさらに厚みがある。新選組と南部藩、どちらにもなんの思い入れはないが、読後、武士道とはなんぞや、なーんてしみじみしちゃったりして。力作。

★★★★☆(2002.9.19 黒犬)



 2002.9.10初版。初出「週刊文春」98.3〜00.3。第13回柴田錬三郎賞受賞作。貧しさから南部藩を脱藩し、壬生浪と呼ばれた新撰組に入隊した吉村貫一郎の非業の生涯を描いた長篇。男性諸君が「泣ける泣ける」と連帯する様がイヤったらしくて手が出なかったが、映画化を機に読んでみた。泣けた。くやしい。
 生き証人の聞き書き、東北方言による告白体など、あきれるくらいに形を変える表現手法が、こうしてまとめて読むと見事に結実している。「文芸」という言葉の意味を再確認した次第。新撰組でいちばん強かった男。このコピーいいですね。どう強かったのかは読めばわかる。

★★★★★ (2003.1.4 白犬)



オー・マイ・ガアッ!  4-620-10650-X

毎日新聞社 1700円


 2001.10.25初版。初出「サンデー毎日」2000年8月6日号〜2001年7月29日号。
 ラスベガス大好き浅田次郎先生の長篇カシノ小説。お得意の“クスブリ”三人衆──ベトナム戦争帰還兵、日本人売春婦、会社がつぶれて夜逃げ中の中年日本人男──が、「ホテル・バリ・ハイ・カジノ&リゾーツ」のスロットマシン前で出会う。そして史上最高のジャックポット、なんと5400万ドルを出してしまうのだが……というお話。
 大当たりがエンディングを飾るのではなく、そこからが事件のはじまり。ホテルのオーナーである石油王や元マフィアや謎の老婆などなど、ひと癖もふた癖もある登場人物たちが話をややこしくする。
 例によっての浅田小説。ギャンブル小説かと思えば、そちらはさわりだけ(とはいえ作者が出てきてあれこれ解説はするのだが)。このストーリーで500ページはちょっとキツいけど、まあそこそこ楽しめる、ふつうの娯楽小説。大感動を期待すると拍子抜けですが、『きんぴか』が好きな人ならよろしいかと。

個人的には、せっかく『王妃の館』のラストをあのようにした(*1)んだから、ホテルをソレにするか、せめて頑張っている(であろう)『王妃の館』の彼らを出してほしかったよと思いました。《*1『王妃の館』は、登場人物ら(の一部)がラスベガスに行って、最高のホテルを作ろうってところで終わるのだ。》

★★★ (2002.3.12 黒犬)



シェエラザード(上・下)  4-06-209607-2 4-06-209958-6

講談社 上下各1600円


 1999.12.6初版。浅田次郎久々の長篇。謎の台湾人に、第二次大戦中台湾沖に沈んだ「弥勒丸」という船を引き揚げるのに金を出してくれと持ちかけられる主人公たち。これが現代の話。そしてその「弥勒丸」最後の航海のようす、これが第二次大戦末期の話。ふたつのストーリーが、交互に語られます。
 浅田次郎が書いたのでなければ、これはすばらしい小説だと誉めるところですが、『蒼穹の昴』を書いた人の作品かと思うとちとつらいものがある。登場する、善意の人たちが、どうしようもない「戦争」という波に呑み込まれていってしまうという人情話的な部分はさすがに浅田次郎、じゃっかん食傷気味ではあるが読ませる。しかし、この人は実は誰それで、という謎解きレベルでは、あまりにわかりやすすぎて物足りない。広く読まれようと思ったらこんなもんなんだろうか。
 一気に読んだけど、でもどうにもうすっぺらい気がしてならなかった。

★★★☆(2000.1.2 黒犬)



きんぴか  4-33-492259-7

光文社 2000円


 すごいすごいすごい(笑)。いやーこれはいい。濃いわ。思いっきりサービス精神旺盛なんだな、著者は。濃厚すぎてちょっと消化不良になりそうだけど、でもまあ最後まで引っ張り通して飽きさせないだけの筆力はたいしたもの。饒舌すぎてギャグが気になる人もいるかもしれないし、近代企業化した極道というのは小林信彦が既に書いているけど、でもまあよろしい。これは面白い。3冊分まとめているのだが、もしかすると1冊ずつ読んでいった方が、ああ次はどうなるのこいつらはどうなるの、とわくわくしながら続きを待ったりして楽しかったのかも……。1996年のベストのひとつ。

★★★★☆(1996.2.7 黒犬)



歩兵の本領  4-06-210624-8

講談社 1500円


 2001.4.10初版。著者初の自衛隊小説集。「小説現代」掲載の8篇と「小説宝石」掲載の1篇、計9篇。
「小説現代」分は、いちおう連作の体裁で(登場人物もすこしずつかぶっている)いいのだが、「小説宝石」のものは余計。雰囲気がぜんぜん違う。自衛隊がらみということでまとめたのだろうが、その必要はなかったと思う。
 それにしても、こういう人たちが〈国を守って〉いるんだからおそろしい。この本についてのインタビューなどで著者はずいぶん自衛隊を持ち上げているが、持ち上げれば持ち上げるほど寒々しいのはなぜだろう。
 武器なしの災害救助隊にしてしまえばいいのに。(とかいっていたらそうもいってられない2003年。しかしじゃあ外敵の侵略に対抗できるかというとできそうもないしねえ。※2003.1.20付記)

★★★ (2001.4.23 黒犬)



姫椿  4-16-319830-X

文藝春秋 1429円


 初出「オール讀物」その他。“魂をゆさぶる”八篇。
『シェ』(けものへんに解。補助漢字にて御免)ペットに死なれた独身OL。気まぐれに立ち寄ったペットショップで手に入れた不思議な生き物。たまらぬ。
『姫椿』不況で自殺を考える経営者。生きる力。
『再会』街で偶然出会った懐かしい顔。「地下鉄(メトロ)に乗って」的。
『マダムの喉仏』おかま道。
『トラブル・メーカー』真面目な人の身の上話。
『オリンポスの聖女』誰にも青春はあった。
『零下の災厄』事実は小説より奇。小説だってば。
『永遠の縁』馬が取り持つ奇妙な縁。
 この巨匠、わたし長篇より短篇が好きだなあ。買って損なし。とくに動物好きには『シェ』おすすめ。

★★★★ (2001.2.26 白犬)



 2001.1.30初版。「オール讀物」他掲載の8篇からなる短篇集。ファンタジー系のがいくつかと普通の短篇と。あまり“泣かせ”系ではない。
 なんだか久しぶりに浅田次郎を読んだ気がする。短篇だからか小粒という印象。派手ではないですね。どうも浅田テイストが鼻につくのはこちらが慣れてしまっているからか。もちろん下手ではないので不満はない。
「マダムの咽仏」なんか、いいです。そういや火葬場の係員って、どうしてこの骨がどこのだ立派だなんだと喋りたがるんだろうねえ。少なくとも近しい人間であんな話を聞きたいやつはいないと思うのだが。とすると近くない人間へのサービスか。そういやちょっと関係の離れたおばさんたちが、しきりに感心しているような気がする。
 ファンタジー系では「〓 シエ(xie)」(〓=ケモノへんに解)がよろしい。長年いっしょに暮らしたペットをなくしたばかりのオールドミスが、ペットショップから「シエ」という謎の動物をもらってしまうという話。諸橋大漢和によるとこの字は「カイ」あるいは「ゲ」と読むそうで、カイ「〓」チ「貘のへんのほうだけ」で獣の名前になるそうです。「獸の名。牛に似て、人の鬪ふのを見れば其の邪惡なものに觸れ、人の論を聞けば不正の方を噛むといふ。(後略)」とありまして形状はよくわかりません(いちおうイラストはついてるけど、麒麟みたいだ)。浅田短篇では鱗があったりして、いずれにしてもあまりかわいい感じではないです。でもこれがいちばん“泣かせ”系かな。

★★★☆ (2001.3.11 黒犬)



満天の星 勇気凛々ルリの色4  4-06-209489-4

講談社 1600円


 週刊現代連載のエッセイ《勇気凛々ルリの色》シリーズ第4弾にして最終巻。とりあえずは。また復活するのかもしんない。
 なかなかに面白いのではあるが、やはり初期の無名作家〜新人作家時代のほうが面白い。第3弾、4弾になってしまうと晴れて直木賞作家だったりするし、映画化はされるわサイン会は開くわ海外取材はあるわで、派手といえば派手なんだが、パワーダウンは明らか。わたしなんざ知ってる人が出てきたりするんでそれなりに楽しめないわけじゃないんですが、それにしたって飽きるわな。
 といって、前に出たやつのなかで結構感動した“沖縄の少女”の話とかのラインは、今回は少ない(自衛隊がらみで防衛庁汚職のことがでたぐらいか)。税金だって、たしかにひどいと思うけどね。

★★★(1999.1.31 黒犬)

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last updated : 2006/10/01
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