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February 07, 2007

角田光代『薄闇シルエット』○

 2005年に『対岸の彼女』で第132回直木賞を受賞した角田光代の連作長編。初出「野生時代」2004年5月号〜2006年6月号。東京・下北沢で古着屋を営む37歳の女の境涯を描く。
 タイプの異なる二人の女を描いた『対岸の彼女』と似て非なる作品。主人公ハナが自身を引き比べる対象としては、古着屋の共同経営者であるチサトの存在が大きいが、この二人は対極にあるとは言い難い。むしろ手のかかる幼い二児をかかえた妹ナエであろう。始終いらいらとストレスフルな生活をしている若い専業主婦として描かれており、ときおり甘っちょろいことを言う独身の姉に逆ギレする。このナエのキレっぷりがまことにあっぱれで、言ってることがハチャメチャでも、そうだそうだと深くうなづいてしまう。
 
 さて、第一話で恋人タケダ君の結婚宣言をフイにしたハナは、商売上のことで悩んだり、ヒステリーの妹から説教をくらったりしながらも、なれ親しんだ環境のなかでそこそこ平穏に暮らしているが、第4話で突然、母親を亡くす。それまで手製のケーキや子供服においてのみ語られてきた母親の存在が、がぜん重みを増してくる。
 最終話で、ハナは母の一周忌で訪れた実家で、やもめとなった父や妹の家族とともに夕餉の食卓に着く。幼い二児のおかげでとうぜん騒々しい。

 これ以上ないほど騒がしい食堂で、私は唐突に、自分でも胡散臭く思えるほどはっきりと、悟った。私を身ごもる前の母、まだ母ではなかった母が願ったものは、今ここにある、と。この騒がしさ、この愚かしさ、どこにも向かわず何も学ぶところのないような、今この瞬間こそ、母はずっと手に入れたいと願っていたに違いない。(最終話「空に星、窓に灯」p.240より)

 続けてハナは「なんてちっぽけなものをほしがったんだろう、手に入れる価値のなんかないのに」とまで言い切るのだが、同時に、猛烈に過去の母に会いたいと思う。いい年をした女の母親に対する思いが、あまりにもストレートに語られていることに驚く。『対岸の彼女』よりおもしろく読んだ。次作期待。

★★★★☆(2006.12.28 白犬)

角川書店 1400円 4-04-873738-4

posted by Kuro : 01:47

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