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January 19, 2007

海堂尊『ナイチンゲールの沈黙』○●

 第4回「このミス」大賞受賞作にして25万部超のベストセラー『チーム・バチスタの栄光』の続編。
 東城大学医学部付属病院の小児科病棟に勤務する看護師、浜田小夜の担当は網膜芽腫の瑞人とアツシ。小夜は眼球を摘出しなければならない二人のメンタルサポートを、神経内科の万年講師、田口公平に依頼する一方で、瑞人の家庭の問題を解決すべく奔走する。瑞人の父親はどうしようもないゴロツキで、病院に顔を出したことなど一度もないうえに、金がないという理由で手術を承諾しないという始末だった。そんな父親が自宅アパートで殺される。現場を訪れた所轄の玉村警部補はその惨状に吐き気をもよおす。遺体は解剖されていた。
 この網膜芽腫の患児をめぐる殺人事件を軸に、音楽の神秘や最先端の医療技術や科学捜査、病院内や警察の人間関係、看護師の知られざる過去などなどが盛り込まれ、さらには第一作の人気者、厚労省のロジカル・モンスター白鳥がくわわって落ち着かないことはなはだしい。
 おふざけもすぎる。楽しんで書いているのがヒシヒシと伝わってくるのはけっこうだが、全体を通じてもっとも印象深いシーンが病棟ごとに争われる忘年会の出し物、「パラダイス竜宮城・ザ・群舞」のタイやヒラメに扮した医と看護師のバカ踊りでは、メディカル・エンターテインメントというジャンルの定義があやしくなってくる。このセンセイ、そうとう調子に乗りやすいタイプだと思われる。だれかなんとか言ってやったらどうか。
 ついでに重箱のスミをつついておこうかなっ。

 そこにはつい先ほどまでMRI室で歌っていた浜田小夜がいた。白衣を脱ぎ、コバルトブルーの薄地のブラウス。膝上丈の白いタイト・スカートとピンク色のピンヒール。淡いパステルカラーで統一された装いは、控えめで上品だ。(p.211)

 コバルトブルーを「淡いパステルカラー」に含めるかどうかの問題は百歩譲って無視するとしても、この装いのどこが「控えめで上品」なのか。挑発的で下品にしか思えないのだが。
 もうひとつ。コンピュータがはじき出して対象者とぴったり一致した「身長160センチ、体重40キロ」という数字だが、誤差プラスマイナス5パーセントだとしても、健康な成人女性としては痩せすぎである。

(2006.11.21 白犬)★★★★


 2006.10.21初版、2006.11.9第3刷。『チーム・バチスタの栄光』でデビューした海堂尊の第二作。舞台はおなじく東城大学付属病院。もちろん愚痴外来田口も健在だ。厚労省の白鳥だって元気だ。あらすじは上の白犬の感想なり、よそさまのサイトなり、アマゾンなりを見ていただくとして、さてさて。
 前作はまだリアリティがあった(むろん心臓外科の実際など知るわけもないのでリアルかどうかというのは、あくまで私個人の感触でしかないが)のにくらべ、本作はどうも地に足が着いていない印象。伝説的な歌手や、プロ顔負けの美声をもつ看護師が登場するなど、「歌」が重要な意味をもってくるのだが、その歌が秘める力となるとどうにも夢物語にすぎてしまう。
 文章もなあ、デビュー作は、しかたがない、ですませられるが――というよりこれは私と相性が悪いだけかもしれないが――どうもひっかかってしまうんだよなあ。こまかすぎる章割り、くどくどしい章タイトル……。ささいな言い回しも。

田口の不在時に珈琲はたてない。(p.69)

 Googleで検索してみたら、たしかに「コーヒーをたてる」といういいかたは一般的なようだ。だから間違っているとまではいわない。だが、“たてる”というのは(私の場合)どうしてもかき混ぜて作るもの――抹茶とか――という印象が強い。

冴子は白ワインのミニチュアボトルを手にしていた。(p.107)

 ウイスキー、ブランデー、ジンその他のミニチュアボトル(50mlぐらいのやつ。「ミニチュアボトル」というとこれがまず思い浮かぶと思う)はあっても、ワインのミニチュアボトルってあるんだろうか。飛行機(田口が出張のたびに機内でもらってくるミニチュアボトルという設定)で出されるのはフルボトルの1/4、つまり180mlだ。これはふつうミニチュアボトルとは呼ばないでしょう。シャンパンの200mlのはベビーサイズと呼ぶけれど。
 で、つらつら眺めてみたら、p.51、p.85では《赤ワインのミニボトル》と書いているのだ。だったら「ミニボトル」にしておけばよかったのに。もっとも章タイトルで《8章 ミニボトル・コレクション》などとしているくらいだから、ミニチュアボトルとミニボトルを区別しているわけでもなさそうだな。
 まあそういうわけで、そんなどうでもいいことにいちいち引っかかり、話に没頭できなかった。なんだか(著者は気に入っているようだが)東城大病院と桜宮病院との確執も、白鳥とそっくりな警視正も(そんなによく似たキャラクターを出す意味がわからない)、ぴんとこない。
 唯一ウケたのが、MRIを「がんがんトンネル」呼ぶところ。ぴったりなネーミングだ。
 ……とまあ、些末なところにしか反応できなかったってことで。

★★☆(2006.12.12 黒犬)

宝島社 1600円 4-7966-5475-5


posted by Kuro : 00:15

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comments

こんにちは。
TBをありがとうございました。
私はこの作品よりさらに「螺鈿迷宮」の方が
相性が悪かったみたいですー。
事後報告になってしまいましたが、
駄犬堂書店さんのブログをリンクさせて
いただきました。
今後ともよろしくお願いします。

投稿者 BEE : January 19, 2007 02:07 PM

BEEさま、こんにちは。
実は私も「螺鈿迷宮」を読んだのですが、おなじく、さらにさらにダメで、なかなか感想を書けずにおります(笑)。うーん、困った困った(別に困ることはないんですが)。

投稿者 黒犬 : January 19, 2007 02:36 PM

トラックバックありがとうございます。

 コーヒー好きから一言。

 サイフォンを使ってコーヒーを作るときには、
かきまぜる作業が含まれます。
 そうすると、「たてる」という表現もアリかな、と思います。

投稿者 shunsoku : January 19, 2007 10:05 PM

shunsokuさま

コメントありがとうございます。
ああ、そういえば混ぜますねえコーヒー。
そうか。
そうするとどこが違和感だったのかな。「たてる」という音から「泡立てる」のような──抹茶などの──イメージを受けていたのかもしれません。
ご指摘ありがとうございました。

投稿者 黒犬 : January 20, 2007 01:31 AM

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