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July 08, 2007

桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』●○

 2006.12.28初版、2007.4.20第5刷。書き下ろし長篇小説。
 第60回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞作、ということで読んでみた。推理作家協会賞というぐらいだからミステリーっぽいであります。鳥取の製鉄業にたずさわる旧家の女三代の物語。
 三代の筆頭、赤朽葉万葉は山にすむ人の子だったのだが里に置き忘れられ、そのまま村の若夫婦に育てられることになる。未来を予知できる万葉は、やがて製鉄で財をなした赤朽葉家に嫁ぐ。万葉について書かれるのが「第一部 最後の神話の時代」であり、その後の「第二部 巨と虚の時代」「第三部 殺人者」へとつづく。
 さーてどうしたものか。
 第一部はそこそこおもしろい。坂東眞砂子ふう土俗ホラー小説という感じで。しかしその後、第二部はヤンキー青春小説→成り上がり成功小説になってしまい(まあそこそこ愉快ではあるが)、《いるのに見えない》というのは『姑獲鳥』を思い出させる。第三部にいたってはとってつけたようなミステリーで、なんだか尻すぼみな二段組300頁だった。
 妙な言葉遣いがどうにも引っかかるし、それだけならまだいいが、

戦勝国アメリカからやってきた魔人マッカーサーがこの国を新しい形につくりかえ、「老兵は死なず、ただ立ち去るのみ」という言葉を残して去った。(p.31)

 などという記述はいかがなものか。これは51年4月19日の(ワシントンD.C.での)退任演説の際に発せられたフレーズであり、これを日本を去るとき(同年4月16日)に口にしたととらえられるような書き方はおかしいと思う。
 また、

大奥様のこの独特の名づけには、それが日との名前にふさわしくなかろうが、常用漢字、人名漢字でなかろうが、本家の誰も逆らえなかった。(p.103)

 という文章もあるが、これは70年代のエピソードなのでまだ「当用漢字」ですな(常用漢字は81年から)。
 べつに大した問題じゃないといわれればそれまでだが、こういう瑕疵は〈なんだか背伸びしちゃってるけどやっぱりボロが出ちゃったねえ〉という印象を与えるんだよね。
 というわけで、せいぜい「がんばったで賞」ってところかなあ。
〔追記:なんていってたら直木賞の候補だそうで。やれやれ、どうにも私は世間さまとは相性が悪いようで〕

★★★(2006.6.18 黒犬)


 第60回日本推理作家協会賞受賞作。第28回吉川英治文学新人賞受賞と第137回直木賞の候補作にもなるが、佐藤多佳子の陸上小説と松井今朝子の吉原小説に敗れている。
 鳥取の旧家を舞台とする女三代記。
 決して里にはおりてこない山の民に置き去りにされた女の子には未来を“視る”力があった。村の若夫婦に引き取られ万葉と名付けられた女の子は、やがて製鉄業で財をなした旧家赤朽葉家の跡取り息子の嫁となり“千里眼奥様”と呼ばれる。夫婦は二男二女をもうけ、それぞれ泪、毛鞠、鞄、孤独と名付けられる。物語の語り手は長女毛鞠の子、瞳子で、1953年から2000年代以降までを万葉、毛鞠、瞳子を中心とする年代順に区切った三部構成となっている。
 物語は戦後の復興期から高度成長期、バブル経済崩壊を経ていまにいたる現実の時の流れを背景に描かれるのだが、語り手の瞳子にとっての祖母万葉を描く第一部、母毛鞠の第二部は、独立した長編をむざむざ合本にしたんじゃないのかと思えるくらい、お話としての完成度の高い、かつ毛色のちがう仕上がりである。この一部二部にくらべるとかなりしらけた印象の第三部であるが、万葉の最期の言葉をめぐる歴年の謎解きが、読ませる。さすが日本推理作家協会賞受賞作である。力作である。だけども、この、全体に漂う軽さというか、かんじんなところでアララみたいな、はずしとでもいおうか――はいったいなんなのだろうと思いつつ読みすすめて行ったのだが、最後の最後でわかったような気がした。
 わたしは第三部の最後の芝居の後口上めいた段落に、めまいがしそうになるくらいの懐かしさをおぼえる。この達成感と名残惜しさがないまぜになったみたいな感覚って、いったい何だっただろう? そして著者がライトノベルの書き手でもあることに思い至るのである。次作期待。

★★★★(2007.7.12 白犬)

東京創元社 1700円 4-488-02393-2


posted by Kuro : 23:41

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製鉄所を営む「赤朽葉(あかくちば)家」に嫁入りした万葉(まんよう)。学はなく、文字も読めないが、千里眼を持つ不思議な娘。万葉は4人の子供の母となり、やがて長女の... [Read more...]

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