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May 21, 2007

レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』○

 1953年にアメリカで発表されたあまりにも有名な作品の新訳。訳者・村上春樹の90枚にもおよぶ解説「準古典小説としての『ロング・グッドバイ』」つき。ちなみに清水俊二氏による旧訳『長いお別れ』は1958年同社刊。ほぼ半世紀が経過している。
 私立探偵フィリップ・マーロウが億万長者の娘婿テリー・レノックスの死の真相に迫る。軽々しくも言ってしまえば、いわゆる巻き込まれ型ストーリーである。
 すでにいろんなところで言われているように、この新訳をハードボイルド小説と位置づけるのはむずかしい。主人公フィリップ・マーロウが私立探偵である前に42歳の独身男だということを強く意識させられる。髪は白髪まじりのダークブラウン、目は茶色、身長184センチ、体重およそ85キログラム。家具付きの賃貸住宅住まいで、部屋はきれいに片づいており、歯みがき粉などの消耗品をはじめ、肌着やパジャマの買い置きまでしている。食事はほぼ外食にたよっているが、コーヒーだけはじぶんできちんといれて飲み、朝は簡単な料理をすることもある。かなりまめである。頑固で口がわるいわりにはけっこうモテるが、近づいてくる女はたいていワケありで、結果的に縁遠い――という具合に。
 作家の大沢在昌氏が「村上ファンが一時的にチャンドラーを読むようになっても、ハードボイルドというジャンルの復興にはつながらないのではないか」(asahi.com 3月14日の記事《村上春樹版「ロング・グッドバイ」 清水訳から半世紀》より)と発言されているが、これだからハードボイルド小説はいつまでたっても「おやじのハーレクイン・ロマンス」なのだとわたしは思う。出版関係者やマニアは別として、あくまで趣味で読む本をどう位置づけようが読者の自由であろう。それ以前にまず、本を手に取らないことにはなにもはじまらない。この新訳は、ハードボイルド小説を読んだことのない人や、もっといえば、チャンドラーを知らない若い世代を引きつける力はおおいにあると思う。
 買って損なし保証。この機会に少し新しいフィリップ・マーロウに会いに行こう。そして、ちゃんとしたバーにギムレットを飲みに行こう。

 さて、レイモンド・チャンドラーといえば“決めぜりふ”であろう。たとえばむかし角川が映画のCMに使った「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない(If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.)」(『プレイバック』より。清水俊二訳では「しっかりしていなかったら、生きていられない。優しくなれなかったら、生きていく資格がない」)、本作では「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ(To say goodbye is to die a little.)」(村上春樹訳)。
 とくにこの2つは作品をはなれて一人歩きしているといってもいい。いまどきの日常生活においては、どんなにカッコいい男でも口にするのはちょっとどうかというくらいキザな言いまわしだが、なにがすごいかというと、作品中に出てくるとじつに心にしみるのである。まじシビれる。大切にとっといて、ここ一番というときに引用したくなるきもちもわかる。だがむろん、こうした“決めぜりふ”だけでチャンドラーを語ることはできない。

★★★★★(2007.4.5 白犬)

"The Long Goodbye" by Raymond Chandler 村上春樹・訳 早川書房 1905円 978-4-15-208800-0


posted by Kuro : 18:40

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