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October 15, 2006

スティーヴン・キング『いかしたバンドのいる街で』○

 キングの短篇集『Nightmares & Dreamscapes』を邦訳した『いかしたバンドのいる街で ナイトメアズ&ドリームスケープスI』『ヘッド・ダウン ナイトメアズ&ドリームスケープスII』を文庫化にあたり4分冊し改題したものの第2巻。「献辞」「動く指」「スニーカー」「いかしたバンドのいる街で」「自宅出産」「雨期きたる」の6篇が収録されている。キング自身による作品解説つき。
 ロック&ホラーの名作といわれる表題作「いかしたバンドのいる街で」は、自動車旅行中の夫婦が迷い込んだ奇妙な街でのできごとを描く。この作品の前半、十五年連れ添った夫婦の車中での煮詰まり具合といったら、思わずうなってしまうくらいうまい。
 旅の高揚感からちょっとした冒険を提案する夫と、長きにわたる経験から予定のコースをはずれることには否定的な妻。けっきょく妻が譲るが、地図に出ていない岐路に行き当たったころから雲行きがあやしくなる。

《クラーク・ウィリンガムは、男らしさが試されるとなると、決してあとへは引かない男》メアリーはそう思いながら、口もとに手を当てて浮かびかけた笑みを隠した。
 だが、隠すタイミングがわずかに遅かった。クラークが片眉を吊りあげた顔でメアリーを一瞥した。ふと、メアリーの心に不穏な思いが浮かんできた――十五年の歳月ののちに、わたしが夫の心中を子供の絵本のように読みとれるようになったのだから……この人がわたしの心を読めたとしてもふしぎはない。
「なにか?」クラークがたずねた。(p.188)

 村上春樹が『遠い太鼓』のなかで、女のひとが「道に迷う」とさいしょから決めつけてかかるのは一種の呪いであるというようなことを書いていたが、どうやらこのケース、全世界共通らしい。
 表題作以外ではキングみずから「いまふりかえれば『ドロレス・クレイボーン』のための試作品のように思える」と語る「献辞」と、レコーディングミキサーの仕事にありついた元ベーシストの体験を綴るトイレの幽霊話「スニーカー」が印象に残った。

★★★★☆(2006.9.25 白犬)

"Nightmares & Dreamscapes" by Stephen King 白石朗 他・訳 文春文庫 590円 4-16-770524-9

posted by Kuro : 23:46

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