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October 10, 2006

アダム・ファウアー『数学的にありえない(上・下)』○

 大学院で統計学を専攻しているディヴィッド・ケイン。彼はポーカーで大敗し、ロシア人マフィアに多額の借金をしてしまう。返済は一週間後。癲癇発作に苦しみ、またそのせいで講師の職を失ったケインに返すあてはない。せっぱ詰まった彼は、神経研究所の担当医が開発した薬の服用を決意する。その実験薬には思いがけない副作用があり、ケインは特殊な能力を身につけることになる。
 帯やカバーで主人公ケインを「天才数学者」と表現しているが、特殊能力を身につける前のケインが天才的なのは暗算能力である。暗算能力だけと言ってもいい。恩師“ドク”も「わたしが教えたなかでもっとも優秀な学部生のひとり」と最高の賛辞をおくりながら、講義中に彼を電卓代わりにこき使うのである。この才能をケインはおもに地下カジノで発揮していた。たとえばこんなふうに。

 七枚のカードを使ってつくれるファイブカード・ポーカーの手は一億三四〇〇通り。その一億三四〇〇通りのうち、フォーカードのバリエーションは二二万八四八四通り。ゆえに、フォーカードが出る確率はたったの〇・一六八%。五九五回に一回だけだ。
 なら、ストレート・フラッシュは?
 ファイブカードのストレート・フラッシュをつくることのできる七枚のカードの組み合わせは、三万八九一六通り。確率はたったの〇・〇二九%。三四三八回に一度だ。
 では、そのふたつが同時に起こる確率は?(上巻 p.23)

 などなどと瞬時に暗算して答えを出し大勝負に出るわけです。確率論の講師になったのもポーカーにつぎ込む金を稼ぐためで、ノーベル賞をめざすようなタイプではぜんぜんない。そんな「知的サスペンス」にはめずらしいちょいダメ主人公がポーカーで大負けし、持病の発作で倒れたところで物語はやっと始まる。
 このケインと並行して出てくるのがCIAの女工作員ナヴァ。このナヴァがすごい。過去にアルカイダ、ハマス、PLOなどのメンバーを24人以上も暗殺した実績をもつ。ハーラン・コーベンの『ノー・セカンドチャンス』にも元FBI捜査官の女ランボーみたいなのが出てくるが、ナヴァにかかったら秒殺であろう。
 じつはこのナヴァ、国家がからむうしろ暗い任務をかかえており、その内偵中に特殊な能力を身につけてバージョンアップしたケインとその双子の兄ジャスパーが登場する。さらに秘密の人体実験をする科学者、諜報機関直属の研究所、ロトくじで賞金2億4700万ドルを獲得した男などなどがからまり合い、物語は複雑かつアクロバチックに展開して行く。「誰の物真似でもない、唯一無二の斬新な小説が書きたかった」と著者。「炸裂する伏線、伏線、伏線」(下巻帯より。アハハ!)を見落とさないためにも、じっくりかつ丁寧に読むことをおすすめする。

★★★★(2006.9.21 白犬)

"Improbable" by Adam Fawer 矢口誠・訳 文藝春秋 上・下各2095円 4-16-325310-64-16-325320-3


posted by Kuro : 00:41

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