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July 16, 2005

奥田英朗『サウスバウンド』●○

 2005.6.30初版。二部構成の第1部は初出「KADOKAWAミステリ」01年11月号〜03年4月号に連載されたものに加筆修正。第2部は書き下ろし。奥田英朗の最新長篇。
 いやあ、まいった。まいったまいった。すばらしい。ひさしぶりに寝るのを忘れた。家族小説の、少年小説の金字塔。おおげさか。
 主人公は上原二郎、中野区に住む小学六年生。姉・洋子と妹・桃子の3人きょうだい。父親は上原一郎、フリーライターだといっているが働いているのを見たことがない。年金を徴収にきた役人にも家庭訪問に来た担任にも論争をふっかけ、税金は払わなくていい、学校へは行かなくていいとまで豪語する。母親は上原さくら、喫茶店を経営している。学校には友達がいる。ちょっと不良がかったヤツもいるし、ちょっといいなと思っている女の子もいる。受験はせずに地元の中学に進学予定の普通の小学生、ごく普通の、ただ父親をのぞいては。
 タイトルが『サウスバウンド』だし、カバーにはシーサーの絵が描いてあるし、どんな話なのかはなんとなくわかると思うんだけど、しかしこの本は、極力、事前の情報なしで読み始めてほしい。なんて、感想書いて載せてる時点で間違ってるか。
 500ページ以上もある大長篇だが、長さはまったく感じさせない。先が読みたくて眠れなかったのはひさしぶりだ。とりあえず手に取って、最初のところだけでも読んでみてほしい。話はそれからだ(笑)。

 読みましたか? 読みましたね?
 なんだろうなあ、こういう感動ってのは。
 どうしても主人公側に立ってしまうのだが、俺が子供だったらと思う。とりあえず子供だけでは生きていけないので(このあたりの《子供の不自由さ》が非常によく書けている)、と思う。こんな父親を、に違いない。自分の主張を曲げないのは勝手だが、じゃん。
 そういう前半での印象が、となってしまう。この意外性(じぶんの中の)が面白い。一方、母親は父親に困らされている常識人っぽいのだけれど、お父さんの最後のブレーキはちゃんと踏むから心配するなという母に、

じゃあどうして今踏まないのよ――。(p.519)

 と心の中でツッコミを入れる二郎がおかしい。

 そしてなんとも著者の視線がやさしいのもいい。
 細かいツッコミどころも無理矢理見つけようとすれば見つかるかもしれないが、しかしそんなのは取るに足らないことだ。
 今年いちばんの収穫かも。

★★★★★(2005.7.16 黒犬)


 カンとサクシュ。二郎は小一の頃からこのことばを知っている。父は元過激派だ! ――東京都中野区に住む上原二郎は小学六年生。父の一郎は自称フリーライター。国民年金の督促係に「じゃあ国民やめた」と言い放ち、家庭訪問に来た担任教師に天皇制についての賛否を問う。どうやら国が嫌いらしい。教育、勤労、納税は本来個人の自由であるべきだと豪語。そして家族で南の島へ移住する計画を立てている……。
 第一部は「KADOKAWAミステリ」2001年11月号〜2003年4月号連載。第二部は書き下ろし。『空中ブランコ』で第131回直木賞を受賞した奥田英朗の長編新作。
 傑作である。型破りな人物に振り回される家族の姿を、成長過渡期の子供の視点で描くことで成功している。
 二郎の父、上原一郎は家族にとってだけではなく、社会的にも困った人だ。しかも知る人ぞ知る有名人で、中野あたりに引っ込んでなお公安にマークされている。この一郎が痩せた青白いインテリタイプではなく、身長185センチの堂々たる「伝説の闘士」なのだから始末に負えない。日々取りなし役に徹している母もじつは元活動家である。
 第一部で、自宅の家宅捜索中に、かつての仲間を次々と投げ飛ばす父を前に、二郎はこんなことを思う。

 二郎は玄関脇でこの様子を眺めていた。父と母を一個の人間として見ていた。他人として好きになれるだろうか、そんなことを思った。(p.250)

 さめているようでもあり健気でもある。人は皆こうしておとなになって行くのかもしれない。
 東京篇ともいうべき第一部では、二郎のめくるめく男子小学生ライフと、居候のアキラとの交流がいい。西表へ移住してからの第二部は文句のつけようなし。疾風怒濤の534ページ、一気読み必至。まったくもってお買い得。

★★★★★(2005.7.11 白犬)

角川書店 1700円 4-04-873611-6

posted by Kuro : 15:56

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comments

こちらで最初に拝見して、読みたいと思っていました。
やっと読みましたので、トラバさせていただきました。

投稿者 ahaha : August 31, 2005 05:40 AM

初めまして、tbありがとうございました。

1部が連載、2部が書き下ろしと言うのは知りませんでした。2部だけでも十分楽しめますが、やはり1部を読むことで初めて主人公への共感が強まるのかもしれません。

これって続編がどんどん書けそうですね。

投稿者 くろーん40 : September 12, 2005 12:58 PM

ahahaさま。

いやおっしゃるとおり、まさしく「中年のメルヘン、少年のメルヘン、家族のメルヘン」ですね。でもって、ワタクシ、いい年こいて少年のような瞳をセールスポイントにしてるもんですから(大嘘)、少年に肩入れしちゃうんですわ。そうすると、中年も家族も、どうでもよくて、二郎の当惑ぶりが哀れでならんのですね。
ですが、冷静になってみれば、著者のバランス感覚というか優しさ(うへえ、いやな言葉だ)というのがひしひしと感じられたりします。そういう意味でもすぐれた作品だなと思う次第であります。


くろーん40さま。

コメントありがとうございます。
ワタクシは根っからのシティボーイなので(ええっ?)イリオモテとかへの移住はまず無理なんですが、自分では到底実現できない、あるいはしようとまでは思わないようなことを疑似体験させてくれる、希有な作品だったと思います。
しかし南へ向かうと、どうして悲惨なこともあんまり悲惨じゃないように思えてしまうんでしょうか。北だとこうはいきませんよね(笑)。

投稿者 黒犬 : September 12, 2005 11:11 PM

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