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March 20, 2005

江國香織『赤い長靴』○

 結婚して10年。幸福と呼びたいくらいな愉快さとうすら寒いかなしみ。安心でさびしく、所在なく――日々たゆたう心の動きをとらえた連作短篇集。初出『すばる』『東京新聞』『文學界』。
 主人公の日和子は39歳。友人夫婦に紹介された逍三と結婚して10年。子どもはなく、週に四日、近所の植木屋でパートの仕事をしている。女同士のおしゃべりに取り残されてしまうくらいおとなしい日和子だが、夫の逍三はそれに輪をかけて物静かな男である。物静かなだけだったらいいが、典型的な「めし、風呂、寝る」タイプのうえに実家大好き長男で、腰を患う父親の看病に妻をさしむけたりすることに何の遠慮もない。そのくせ妻がひとりで外出や習い事をしようとするとスネる、イジける。だが惚れた弱みか、日和子はそんな朴念仁を可愛く思ったりもするわけです。ああ、いらいらする。「なんとか言いなさいよっ」ってガツンと一発言ってやりたい。でも、最終話でこの旦那の正体が知れてすっきりした。

それにしてもこの人は、なぜいまここで、それを食べているのだろう。日和子の目に、皮の黒ずんだそのバナナは、大変不味そうに見えた。逍三はあっというまに食べ終わり、まだもそもそと口を動かしたままお茶を啜って、皮を床に捨てた。(「熊とモーツァルト」p.259)

 そうです、この旦那、じつはゴリラだったんです! じゃあ、しょうがねえや。ふははは。
 冗談はさておき。本書に収録された14篇中3篇は、日和子ではなく逍三の視点で書かれている。日和子の思索の深さに比して、逍三はわからないことだらけである。
 親類の結婚式に出席するために日和子とともに帰省した逍三は、はなやぐ家族を前に、女房連れの帰省について、こんなことを考える。

たとえば犬を拾って、どうしてもこの犬を飼いたい、と言う練習をしながら家に帰るときに、似た感じなのだ。しょうがないわねえ、と、母は笑う。ちゃんと自分で世話をしろよ、と、父は言う。どちらも怒ったりしない。そして、その途端に、犬は逍三の重荷になる。(「結婚式」p.151)

 うまいですねえ、こういうところ。10年という歳月をどうとるかは人それぞれだろううけど、ふとした間合いに深くうなづいてしまう。ときどき妻や恋人のことがわからなくなってしまう男性諸君におすすめ。

★★★★(2005.3.1 白犬)

文藝春秋 1400円 4-16-323610-4

posted by Kuro : 15:08

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