江國香織(えくに かおり)


【長篇】
ウエハースの椅子

【短篇集】
赤い長靴
泳ぐのに安全でも適切でもありません
すいかの匂い

【エッセイ・NF】



赤い長靴  4-16-323610-4 
文藝春秋 1400円


 結婚して10年。幸福と呼びたいくらいな愉快さとうすら寒いかなしみ。安心でさびしく、所在なく――日々たゆたう心の動きをとらえた連作短篇集。初出『すばる』『東京新聞』『文學界』。
 主人公の日和子は39歳。友人夫婦に紹介された逍三と結婚して10年。子どもはなく、週に四日、近所の植木屋でパートの仕事をしている。女同士のおしゃべりに取り残されてしまうくらいおとなしい日和子だが、夫の逍三はそれに輪をかけて物静かな男である。物静かなだけだったらいいが、典型的な「めし、風呂、寝る」タイプのうえに実家大好き長男で、腰を患う父親の看病に妻をさしむけたりすることに何の遠慮もない。そのくせ妻がひとりで外出や習い事をしようとするとスネる、イジける。だが惚れた弱みか、日和子はそんな朴念仁を可愛く思ったりもするわけです。ああ、いらいらする。「なんとか言いなさいよっ」ってガツンと一発言ってやりたい。でも、最終話でこの旦那の正体が知れてすっきりした。

それにしてもこの人は、なぜいまここで、それを食べているのだろう。日和子の目に、皮の黒ずんだそのバナナは、大変不味そうに見えた。逍三はあっというまに食べ終わり、まだもそもそと口を動かしたままお茶を啜って、皮を床に捨てた。(「熊とモーツァルト」p.259)

 そうです、この旦那、じつはゴリラだったんです! じゃあ、しょうがねえや。ふははは。
 冗談はさておき。本書に収録された14篇中3篇は、日和子ではなく逍三の視点で書かれている。日和子の思索の深さに比して、逍三はわからないことだらけである。
 親類の結婚式に出席するために日和子とともに帰省した逍三は、はなやぐ家族を前に、女房連れの帰省について、こんなことを考える。

たとえば犬を拾って、どうしてもこの犬を飼いたい、と言う練習をしながら家に帰るときに、似た感じなのだ。しょうがないわねえ、と、母は笑う。ちゃんと自分で世話をしろよ、と、父は言う。どちらも怒ったりしない。そして、その途端に、犬は逍三の重荷になる。(「結婚式」p.151)

 うまいですねえ、こういうところ。10年という歳月をどうとるかは人それぞれだろううけど、ふとした間合いに深くうなづいてしまう。ときどき妻や恋人のことがわからなくなってしまう男性諸君におすすめ。

★★★★(2005.3.1 白犬)


泳ぐのに安全でも適切でもありません
It's not safe or suitable for swim.  4-8342-5061-X
ホーム社 1300円


 2002.3.10初版。江國香織の初の書き下ろし短篇集。第15回山本周五郎賞受賞。すごいな。そろそろ「賞女」といってもいいだろう。以下、参考までにこれまでの受賞作。『草之丞の話』小さな童話大賞。『409ラドクリフ』フェミナ賞。『こうばしい日々』坪田譲二賞、産経児童出版文化賞。『きらきら光る』紫式部文学賞。
 いろんな生活、いろんな人生、いろんな人々。とりどりで、不可解で、りりしくて、切なくて、幸福な女たちの物語10編。全編甲乙つけがたいが、危篤状態の祖母を見舞う母娘3人をスケッチした表題作、恋人との食事とセックスを描く『うんとお腹をすかせてきてね』、NYのルームメイト『ジェーン』の3編いい。全体的に食事のシーンとくにいい。読んでいて腹が減る。
 表題作に出てくる「からすとんび」は「からすてんぐ」だろうか。それともイカのくちばしをいう「からすとんび」だろうか。どちらでもいいことなのだが。梅雨時の予定のない休日向け。おすすめ。

★★★★☆(2002.6.2 白犬)


ウエハースの椅子  4-89456-920-5
角川春樹事務所 1400円


 絵を描く女。私を訪ねてくるのは、やさしい恋人、のら猫、そして記憶と孤独――。

 恋人のいないとき、私は老人のようにおとなしく暮らしている。食事もごく軽くしかとらない。熱いお風呂に入って、早く眠る。嗜眠傾向が強いのは、あまり健康的なことじゃないんだよ、と、いつだったか恋人は諭すように言った。でも恋人は知らないのだが、誰も私を諭すことはできない。私は眠りたいのでたくさん眠る。次に恋人に会えるときまで。それは、私にはすこぶる健康的なことに思える。(p44)

 説明過多の文章ばかり読んでいると、こういうのもたまにはいいと思う。いつまでも寝ていたい季節の子守歌がわりに。

★★★☆(2001.3.9 白犬)


 2001.2.8初版で、2001.2.28三刷ですよ。人気あるのね。初出は「俳句現代」という雑誌、99年8月号から00年9月号。聞いたことないですけど、きっと俳句雑誌なんだろうなあ。あたりまえか。
 独身画家と、彼女の妻子ある恋人や恋人とのセックスや妹や妹の恋人や野良猫や両親の思い出や愛犬の思い出や絶望などにまみれた生活と心理。
 なんか、薄い。
 薄くてもいいんだけど、でもやっぱり物足りないなあ。

★★☆(2001.3.13 黒犬)


すいかの匂い  4-10-133916-3
新潮社/新潮文庫 400円


 2000.7.1初版。親本は98年1月刊。
 短篇(というより掌篇か)11本。いずれも主人公は「少女」である。小学生の、やるせない夏休みの午後、というかんじ。男子小学生だったわたしにはうかがいしれない、あやしくあやうい世界。ちょっとなつかしい香りもあります。

★★★(2000.7.18 黒犬)

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last updated : 2005/3/20
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