大崎善生(おおさき・よしお)


【長篇】
アジアンタムブルー
パイロットフィッシュ

【短篇集】
九月の四分の一
優しい子よ[weblog]

【エッセイ・NF】
将棋の子
編集者T君の謎
聖の青春



将棋の子  4-06-273738-8
講談社/講談社文庫 590円


 2003.5.15初版。単行本は2001年5月刊。第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。
 いまや小説家として活躍中の著者が「将棋世界」編集長時代に書いたノンフィクション。デビュー作『聖の青春』につづいて将棋の世界が舞台。
 社団法人日本将棋連盟付属新進棋士奨励会。プロの棋士になるにはここを通らなければならない。23歳までに初段、26歳までに四段に上がれなければ、とどまることは許されず、プロ棋士にはなれない。ゆめ破れて故郷に帰り、仕事を探さなければならない。将棋の周辺で、たとえば将棋教室の講師をやったり(教えるには資格が必要だが)、あるいは将棋センターで職をみつけたりできればまだいいほうで、それまでまったく社会経験がなく、将棋一色で生きてきたのに世間の荒波に揉まれることになる。それでも人間生きていかなきゃなりません。
 そんな、プロになれず奨励会を退会せざるを得なかった若者たちの“その後”を、将棋連盟で働いていた著者はどう見たのか。その後の彼らを見てどう感じたのか。
 力作です。『聖の青春』もよかったけど、これも読ませる。華々しくスポットライトを浴びるのはほんの一握りの人たちで、残りは遅かれ早かれ去る運命にある。リトルリーグや高校野球で才能を見いだされても、甲子園で優勝したりプロ選手になれるのはごく一部だというのと同じ。プロになれても、芽が出なければ引退して一般人になるしかないのも同じ。それが勝負の世界といえばそれまでだが、中学生ぐらいから将棋一筋で生きてきた、生きるしかなかった若者が二十代半ばで放り出されるのは厳しい。若いのだからやり直せるともいえるが、そうするには強固な意志が必要だろう。普通は、そんな強い意志はないと思う。
 なかには悲惨な人生を歩む者もいる。著者大崎の目が優しいのが救いだろう。これがふつうのノンフィクションライターが書いたものであれば、これほど心穏やかには読めなかったと思う。長年、棋士ではないにしても、彼らの生活を間近で見ながら生活してきた著者ならではだろう。
 一読の価値あり。

★★★★(2003.8.20 黒犬)


九月の四分の一  quatre septembre  4-10-459401-6
新潮社 1300円


 初出「小説新潮」「小説現代」2002.3〜12。『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治文学新人賞を受賞した大崎善生の甘美な4つの恋愛小説。
 表題作「九月の四分の一」は、小説家志望の若者が旅の途中、ブリュッセルの広場で出会った同い年の女性との恋を描く。十三年後、同じ場所を訪ねることになった主人公は、当時のじぶんと彼女と過ごした6日間を重ね合わせる。この内容で、よくある“僕僕小説”に陥らなくてすんでいるのは、主人公が「カッコよくない男」だからだろう。繊細というより意気地なし。
 表題作のほかには、将棋雑誌の元編集長が、在職中に受け取った手紙の主に会うためにイギリスのケンジントンを訪ねる「ケンジントンに捧げる花束」いい。著者が実際に『将棋世界』の編集長だったことを考えると、部分的には実話ではないのかとさえ思える。

★★★★(2003.4.15 白犬)


 2003.4.24初版。初出「小説新潮」02年3月号、5月号、6月号、12月号。4篇収録の恋愛短篇小説集。
 うーん……。
 悪くはないんだろうけど、それぞれそれなりにまとまっているんだけど、しかし、どれもテイストが似たりよったりになってしまうんだよなあ。
 どうも青臭さというか、未熟なところが鼻につく。たとえば本多孝好の『FINE DAYS』(これも短篇4篇収録)と比べてみると、本書のほうが“若書き”の印象を受けてしまう。年齢は圧倒的に71年生まれの本多孝好のほうが若いのに(大崎は57年生まれ)。なんか村上春樹の亜流っぽいんだよなあ。  もっとがんばってほしいです。

★★★(2003.5.17 黒犬)


編集者T君の謎  将棋業界のゆかいな人びと  4-06-211700-2
講談社 1500円


 大崎善生初のエッセイ集。「週刊現代」連載の「これも一局」を再編集、改題。
 小説『パイロットフィッシュ』や『アジアンタムブルー』の著者は、つい最近まで「将棋世界」というシブい雑誌の編集長だったんです!
 将棋がまったくわからなくてもちゃんと読めます。関係者にはうっとうしいかもしれないが、わからない人の「わかりたいツボ」がしっかり押さえてあるように思う。羽生善治の年収なんて、わたし知らなかったもんね。とくに『聖の青春』に出てくる故村山聖九段の師匠、森信雄の話を興味深く読んだ。なお表題の「T君」は「将棋世界」の編集部員。「本を1冊しか読んだことのない」というのがおかしい。ファン向け。

★★★☆(2003.2.27 白犬)


 2003.1.23初版。「週刊現代」連載の将棋コラム「これも一局」2002年分をまとめて再構成したもの。
 将棋といえばこの人のホームグラウンド。気楽に(とはいえ各方面に気を遣っているようだけれど)伸び伸びと書いている印象。どうしても若い作家のような気がしてしまうが、このひとは57年生まれ。前の職場の部下(T君)や講談社の担当編集者とのジェネレーションギャップに苦しんでいるのがおかしい。もっとも19歳とししたの美人棋士と結婚したんだからそれくらいの世代格差にうろたえてちゃいかんわな。
 小説やマジメなノンフィクションとは違った大崎善生を見ることができる一冊。
 それにしても、将棋の人たちも大変だ。囲碁もそうだろうけどさ。

★★★(2003.3.14 黒犬)


アジアンタムブルー  4-04-873410-5
角川書店 1500円


 2002.9.1初版。書き下ろし。
 山崎隆二が結婚していたときのお話。山崎隆二というのは前作『パイロットフィッシュ』でも主人公だった、エロ雑誌編集者です。本作では水槽もなく、犬も飼っていないので、『パイロット〜』よりも前の話ということになりますね。
 泣かせます。愛するものが死んでしまう、というようなシチュエーションに男は弱い(私だけでしょうか)。おそらく女よりずっと弱い。それを思いっきりベタにやってくれました。映画「ある愛の詩」みたいです。それでも引き込まれてしまうのは、作品の力なんでしょうね。
 冷静に考えればかなりのご都合主義であることは否めません。たまたま身よりのない女。周囲の人間はおおむね協力的。外国なのになぜかこみいった話までよく通じるタクシーの運転手やペンションのマダム。ほかにもいくつかありますけど。そういう重箱の隅をつつこうと思えばいくらでもつつける。でも、いいのでしょう。現実的であることを目指している作品ではないんですから。むしろファンタジー。そのなかで、読者がなにを感じるかが問題なのだと思います。
 私が感じたのはなんだろう。切なさかな。まいったな。

★★★★☆(2002.10.1 黒犬)


 第23回吉川英治文学新人賞『パイロットフィッシュ』に続く、書き下ろし最新作。
 エロ雑誌編集者の山崎は、恋人葉子を失って以来、デパートの屋上で過ごすようになる。買い物をする葉子を待ち続けた思い出の場所。いったんちぢれ始めたアジアンタムは、手当をしてもけっきょくは枯れてしまう。しかし、まれにその憂鬱な状態を乗り越えて蘇る株があるという。刻々と迫りくる死。濃度を増してゆく時間。人は、愛する人の死を前に、いったい何ができるだろう。
 人生には「節目」というものがいくつかあるとされている。もちろん人によってとらえ方は違うだろうが、たとえば誕生、入学、成人式、結婚など。しかし「死」は、あまり「節目」に数えられることはない。本書は読み方によってはなんともストレートな恋愛小説だが、身近な人の死が、残された者それぞれの黙示録になり得るということを、静かに知らしめているように思う。恋人葉子の担当医師と山崎のやり取りいい。
聖の青春』など、ご専門の「将棋もの」もいいが、このシリーズも続きが読みたい。

★★★★☆(2002.9.8 白犬)


パイロットフィッシュ  4-04-873328-1
角川書店 1400円

 2001.10.10初版、2001.11.10二刷。第23回吉川英治文学新人賞受賞作。
 もともと『聖の青春』『将棋の子』などで評価の高い(私は読んだことないですけど)将棋系ノンフィクション作家だったようですが、そういう人の小説。
 帯には「至高の青春小説」とあります(言い過ぎ)。なんというか、たしかにごく普通の、どこにでもある「青春小説」。主人公は41歳のエロ雑誌編集者。方向音痴で押しが弱く、消極的な男。チワワ2頭と熱帯魚を飼っている。そんな男がエロ本を作るようになったきっかけである女から19年ぶりに電話がかかってくる──。
 なにか大きな事件が起こるわけでなし、盛り上がりには欠ける。とはいえ、こまかいエピソードの積み重ねが成功していて、飽きさせないし、登場人物にも魅力がある(主人公を除く)。
 マイナス点は、堅苦しい言葉をつかいがちなところ。それと、この小説のBGM的にPOLICEなどの曲を主人公に聴かせているんですけど、そのへんの記述がちょっと。

「“エブリィ・ブリーズ・ユア・テイク”?」
「まあ、そんなところかな。(……)」(p16)

 おいちょっと待て主人公。いちおう好きな曲なら訂正しろ。ってゆうか、どういう耳してんだこの女。この作家、ちゃんと聴かないで使ってんじゃないのか。“Every Breath You Take”は、いちおう「見つめていたい」という邦題がついてるけど、原題使いたいならもうちょっと発音通りにしてくれないかなあ。

(……)ざわめく店内にはロッド・スチュアートのしゃがれ声のスローバラードが流れていた。“アイ・ドント・ウォナ・トーキング・アバウト”という曲名で、メロウな美しい旋律だった。(p63)

 タイトルは知らない。“I don't wanna talk about”のほうが文法的に正しいんじゃないかという気もするけど、わかんない。検索してもみつかんなかったし。それよりも許せないのは「メロウな美しい旋律」。
 いまどき《メロウ》かよっ! 80年代かよ。

(……)そこのラジカセからはジョン・レノンの“アクロス・ズィ・ユニバース”が流れていた。(p211)

“ズィ”のこだわりはよしとしましょう(“ジ”でいいじゃんとは思うが)。でもアレは、ビートルズの、ではないんだろうか(そりゃまあジョン・レノンの、ではあるだろうけど)。

 ……と、まあ、あれこれ気になることがあったりするわけでした。細かいことですがね。

★★★☆(2002.3.29 黒犬)


 著者は、デビュー作『聖の青春』で第13回新潮学芸賞受賞、同作はTBSでドラマ化されベストセラー、第2作『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞を受賞という、まばゆいばかりのラッキーボーイ。パイロットフィッシュとは、水槽内の環境を整えるために犠牲的に飼われる熱帯魚。
 主人公の山崎は41歳のエロ雑誌編集長。独身。性格は軟弱で、方向音痴。自宅で熱帯魚とロングコートチワワ2頭を飼っている。そんな山崎が90センチ水槽の水替えをした日の午前2時、むかしの彼女から19年ぶりに電話がかかってくる。人は、一度巡り会った人と二度と別れることはできない。
 エキセントリックな人に振り回される「不動の僕僕小説」をひさしぶりに読んだが、なかなかよかった。さすが賞男。BGMに「ポリス」を選ぶあたり、同世代としては憎い演出。

★★★☆(2002.4.3 白犬)


聖の青春  4-06-273424-9
講談社/講談社文庫 648円

 2002.5.15初版。親本は2000年2月刊で第13回新潮学芸賞受賞作。29歳で死んだ棋士・村山聖(さとし)の生涯をつづったルポルタージュ。
 そういえば評判になっていたような気がしないでもない。でもそんなにそそられないわな、普通。将棋の話だしさ。
 でも著者が『パイロットフィッシュ』の人だったので――というより『パイロットフィッシュ』でこの人を知ったので、読むことにしたのであった。
 結論。よかったです。
 5歳にして腎ネフローゼを患い、その後はずっと病気とともに生きた村山は、病気治療中に将棋と出会い、いつか名人になることを目標としてひたすら将棋に没頭する。その甲斐あって、森信雄という人に弟子入りし、プロ棋士への階段をのぼりはじめる。
 夢の途中で斃れるというのは“悲劇のヒーロー”っぽいのだが(そして実際、そうなのだが)、大崎が書く村山像はそれほど美化されたものではない。むしろ、将棋以外にはまったく(ほんとにまったく)取り柄のない、不潔で我儘でオタクな男なのである。現実ってそんなもんだけど。
 わたし自身はそんな命にかかわるような大病を経験したことがないから実感はわかないが、〈絶望〉を乗り越えるのは並大抵なことではないということは想像がつく。命の重みを否応なしに日々感じ、確かめながら生きていくというのは、しんどいだろうなあと思う。
 そういう生涯を送る人間が、フォスタープランの寄付をつづけたりしてるんだから、かなわないな。
 ちょっと泣けました。これは、いい本です。

★★★★☆(2002.6.10 黒犬)

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last updated : 2006/9/23
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