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March 05, 2005
柴田よしき『Close to You』●
2004.10.10初版。単行本は2001年10月刊。
“もしかしたらおもしろいかも”と騙され続けてどれくらいたったのだろう。そしてまた騙されてしまったよ。あはは。
「専業主夫」になって見えてきた思いがけない現実とは? 誰かが俺たちを憎んでる。(帯)
「お願い、専業主夫になって」。草薙雄大、三十三歳。突然の失業のうえにオヤジ狩りにあった翌日、妻・鮎美が思い詰めた表情で囁いた。戸惑う雄大を襲う更なる災難。(以下略)(カバー表4)
なんて書いてあったら、もしかしたら面白いのかもって思っちゃうじゃないですか。これが篠田節子だったら絶対ハズレじゃないと思いますよね。でも柴田よしきだから見事にハズレ。いや、いいんですけどね、予想はついてたから。
しかしまあこの人ってのは、デビュー作からまったく成長しないよね。意味のない行アキで(場面ではなく)間をとっている。自分が下手ですって認めているようなものだと思うんだけど。スタイルだと開きなおるんでしょうか。
言葉のセンスの古さというか的外れさも目を覆いたくなるものがある。
33歳の主人公のセリフ。
こんな時間に出勤なんて昼サロにでも勤めてるのかしら、なんて陰口叩かれるって。(p.43)
昼サロって……。いつの話ですかこれは。関西でだって今どき昼サロなんて言わないんじゃないの? いやちょっと検索してみたら言わないわけではないらしいが。でもダサい。俺の感覚には合わない。ええ、すいません趣味の問題ですね。妻との会話に出てくる語彙としては異様なかんじ。
主人公が同じマンションの別室に招かれた時の記述。
草薙家の場合には、大きなソファがでんと置かれていて、そこに寝転がって昼寝でもカウチポテトでも好きなことが出来るようになっているのだが、伏見家の場合には、十畳ほどのリビングの真ん中に大きなダイニングテーブルを置き、その周囲に椅子が整然と並べられているのだ。(p.56)
〈リビング〉に〈ダイニングテーブル〉というのも不思議だが、それよりもなによりも、あうううう、か、カウチポテトぉ? すげえよ。死語の世界へようこそだよ。
ひとりでカレーを作った主人公。
肉だけはステーキ肉なのでまずくはないが、煮込んでしまったのでせっかくの霜降りもかすかすだった。飯はゆるゆるで、おかゆの一歩手前だ。(p.75-76)
まずくはないが、ってそれ充分まずいじゃん! 〈かすかす〉(普通は〈すかすか〉じゃないの?)〈ゆるゆる〉のオノマトペも恥ずかしい。〈肉だけはステーキ肉なので〉みたいな馬からは落馬しなかったので的ダメ文も多いんだよな、この人。だいたい何よりもこの主人公、一人暮らししていたから大丈夫とかいいつつ結局なにもできない。できない設定にしなけりゃ話にならないのはわかるが、それなら一人暮らし経験ありという設定をなんとかしたほうがよかったのではないか。
一緒にヒレカツを食べながら主人公が妻に向かって。
昨日のナポリタンも激ウマだった。(p.166)
激ウマっすか……。いくら台詞とはいえ、激ウマはないだろ。なんだかもう、登場人物のイメージが売れないコメディアンみたいですよ。
目玉焼きにも挑戦する主人公。でもうまくいかない。
雄大は、フォークの先に目玉焼きの裏側の炭素化したタンパク質を感じてげんなりしたが、鮎美が残さずに食べてしまったのを見ては残すわけにもいかず、炭素を噛み砕いて呑み込んだ。(p.172)
卵を焦がしたぐらいで炭素化とは大げさな。実験してるんじゃないんだからさ。炭化でいいでしょう。《炭素を噛み砕》くってのもなあ。〈焦げ〉っていう言葉もあるんですが……。
謎の女子中学生に翻弄される主人公。
「するけど、ひとりじゃこんな店、入れないしさぁ。たいてい、マクドかケンフラ」(p.204)
〈マクド〉は関西で、関東だと〈マック〉って言うと聞いたことがあるがなあ。〈ケンフラ〉にいたっては聞いたこともありませんでした。ふつうだと〈ケンタッキー〉? 〈ケンタ〉っていうのは西のほうだっけ? 発話者(女子中学生)は普通の東京出身者ですが。〈ケンフラ〉で検索したら、著者の日記がヒットしたのには笑いました。
まあそういう細かい言葉の問題以外にもいろいろとありますな。やたらと説明口調のセリフとかね。終盤の大演説大会(誰もが10行ぐらいずつしゃべりまくって主張しないと収まらないようで)とかも頭が痛くなる。
その演説の結果、この小説で、専業主婦に対しての認識が改まるかというとそうでもなく、ああ、やっぱくだらねえことで頭に血がのぼるのねという感想しか抱けない(笑)。
あるいは例によって男の馬鹿ぶり卑劣ぶりをあげつらって攻撃するのがテーマなのかもしれないが、それにしても論理が稚拙すぎて辟易とするし。だいたい、不倫関係にあったことが弱みになるのがヒドいわ、ってなんか頭のネジがどうかなっちゃってんですか。弱みじゃなければ納得してたんでしょうか。そういう問題じゃないだろと思うがどうか。
じゃあ逆に男のほうに同情肩入れできるかというとそれもできない。頭が悪すぎる。確かに世の中にはこれくらいの馬鹿は山ほどいるかもしれないけどね。この夫婦(そういや、〈ディンクス〉なんて単語も出てきたな。死語フェチかこの作者は)はどちらも馬鹿で、破れ鍋に綴じ蓋ってことで終わってしまう。誰にも感情移入できないわけですよ。だから怖くもなければ同情もできない。この手のサスペンスでは致命的な欠点ではないかと思います。
※以下はネタバレを含みますのでご注意を※
そしてこれが一番重要なんだけど、この作品の伏線として、主人公夫妻が自治会に白紙委任状を出したっていうのがあるんだが、そもそも賃貸人に自治会(管理組合総会)に出席する権利はないんじゃないの――出席はできたとしても投票権はないでしょう。その部屋の所有者(大家)に権利があるはずだもの――という根本的問題があるんだよな。誰もそれに気づかなかったのか。
「わたしは……我が家は、ということですが、この総会に出席しなかったんです。委任状を出して採決権を他人に譲ってしまいました……会長さんに」(p.339)
じゃあ恨むなら会長を恨むべきだろうによ犯人は。なんかいろいろ理屈つけてはいましたが説得力ないぞ。「採決権」って言葉にも違和感をおぼえますけど。投票権とか?
あと、女子中学生が監禁されて、携帯のメールで助けを求めるところがあり、その文面が暗号モドキみたいなことになってるんだけど、後ろ手で画面をみないで打ったから本当はこう打ちたかったのではと推測するんだが、ええと、それはいいとして、送り先の指定はどうやったんだろうとか些細な疑問もあるのですが、まあ、どーでもいいわな。
全体のぬるさに比べれば大した問題ではありません。わはは……はあ……。
(毒)(2005.3.4 黒犬)
文藝春秋/文春文庫 676円 4-16-720311-1
posted by Kuro : 16:28
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