石田衣良(いしだ・いら)


【長篇】
アキハバラ@DEEP
ブルータワー Blue Tower
娼年 call boy
波のうえの魔術師
赤・黒
うつくしい子ども

【短篇集】
約束
1ポンドの悲しみ A Pound Of Pain
LAST [ラスト]
4TEEN フォーティーン
電子の星 池袋ウエストゲートパークIV
骨音 池袋ウエストゲートパークIII
少年計数機 池袋ウエストゲートパークII

【エッセイ・NF】



アキハバラ@DEEP  4-16-323530-2
文藝春秋 1619円


 2004.11.25初版。初出「別册文藝春秋」237号(02年1月号)〜252号(04年7月号)。
 タイトル通り、秋葉原を舞台にした青春群像小説。SF要素もアリ。
 主人公ページは吃音症のライター、相棒のボックスは女性恐怖症で不潔恐怖症のグラフィックデザイナー、タイコはDTMプログラマーだがたまにフリーズして全身がかたまり意識を失ってしまう。そんな変わり者集団が、電脳街秋葉原で会社を立ち上げる。彼らのアイディアは、ネットに革命を起こすサーチエンジンへと結実するが――、というお話。
 なかなか面白かった。前作『ブルータワー』よりよかったな。世間からはみ出している三人が、とある人生相談サイトでめぐりあい、独立を模索する。彼らの前半生がどうであったかの記述が少ないのでやや物足りない気もするが、そこまで書き込むと長すぎただろうから仕方がない。
 悪役は、いかにも某巨大企業をモデルにしているというのがばればれだが、まあいいだろう。SF的要素――語り手の大時代的なセリフ!――も、読み進めるうちに気にならなくなる。中心の三人のほかの、コスプレ喫茶のウェイトレスや天才プログラマー、元ひきこもりらも(やや類型的ではあるにしても)魅力的。だいぶおっさんくさく(=説教くさく)なってきた感のある石田衣良だが、やはりおっさんそのものよりも若者を書いたもののほうが生き生きしていると思う。
 細かい瑕疵はあるにしても(もうG5が出ているのにMac G3だのG4だのを出したり、2ちゃんねるもどきの7ステーションなどを出すのはいいが、あまりに《スレタイ》なり雰囲気なりが2ちゃんねるに似すぎていたり、《陽動作戦》として駅でああいうものを使うのはいくらなんでもどうだろうとか、まあいろいろ)、最後まで一気に読まされた物語の躍動感はさすが。

★★★★(2004.12.5 黒犬)


ブルータワー
 Blue Tower  4-19-861918-2
徳間書店 1700円


 2004.9.30初版。初出「問題小説」02年1月号〜04年9月号。長篇SF小説。
 超高層マンションの55階に住み、悪性の脳腫瘍とたたかう43歳の主人公・瀬野。あるとき頭蓋に走る激痛とともに、200年先の未来へと飛ばされる。そこは、強力なインフルエンザウイルスが地表を覆い、生き残った人間たちは高さ2000メートルのタワーに住むことを余儀なくされる世界だった。
 瀬野は200年のときを行き来して、人類が滅亡するのを防ごうとする。病に犯された彼の肉体に残されたタイムリミットはあとわずか。
 というSF冒険ファンタジー。
 なんとも破天荒な話だが、まあまあ楽しめました。しかし数列記憶術にはびっくりというかなんというか……。
 しかし、あいかわらず「あとがき」がくどいんだよなあ。9・11に触発されたりとかツインタワーのメタファーであるとか、そういう《ごたく》(とあえていってしまうが)は結構。そんな解釈は読み手にまかせればいい。なんでそんなことまで《語りたがる》んだろう。ラストシーンのまま本を閉じたかった。

★★★(2004.10.11 黒犬)


約束  4-04-873549-7
角川書店 1400円


 2004.7.30初版。初出は「KADOKAWAミステリ」「野性時代」で、2001年から2004年に書かれた作品7つをおさめた短篇集。

“絶対泣ける短篇集。”(帯表4)

 みたいな煽りはすごくイヤなんですが……。ただ、実際にはそんなに過激な《お涙頂戴》作品集というわけではないのでご安心を。どっちかというとしみじみ系。いま流行りの馬鹿純愛号泣落涙系で泣いてもしょうがないわけで、しみじみしてホロリが正しいと主張したい。大きなお世話か。
 今回の不満は人名か。
 表題作「約束」の主人公(10歳の小学生)が《汗多》(かんた)とは……。汗臭そうでかわいそうだよ。
 そして「天国のベル」の小学生(こいつも10歳)は《雄太》(ゆうた)、「夕日へ続く道」の中学生は《雄吾》(ゆうご)。「ハートストーン」の小学生(これまた10歳!)は《研吾》(けんご)。
 なんというか、そりゃそれぞれ別の作品ではあるけれど、もうちょっといろんな系統の名前にしてもよかったのでは。いちゃもんみたいだけど、一冊の本としてまとまって読む時には、けっこう重要だと思うんだけどな。
 内容が悪くなかっただけに残念。

★★★★(2004.7.28 黒犬)


 初出「KADOKAWAミステリ」と「野生時代」2001年11月〜2004年3月。
 親友を突然失った男子小学生、不登校少年と廃品回収の老人、モトクロスの練習に打ち込む少年とそれを見守る一人の女性、女手ひとつで育てた息子を襲った病――苦しみから立ち上がり、うつむいていた顔を上げて歩き出す人々の姿を描いた絶対泣ける短篇集。表題作ほか7篇収録。
 恋愛短篇集『1ポンドの悲しみ』がステキすぎてすっかりイヤになっちゃっていたが、福祉関係の本と見紛うような表紙(つないだ手のアップ。たぶん母親と小さい子の手)と、帯の「絶対泣ける」というものすごいコピーに挑発されて手にとってしまった。なによこのベタな強気は。
 それが……意外にもよかった。そうです、恋愛の話じゃないからです。とくに少年ものいい。最終話の「ハートストーン」絶対泣ける(笑)。
 もしかしてイケメン作家だから恋愛ものを書かなくちゃ書かせなくちゃと思い込んでいるんじゃないのか。次作期待。ただし、色気ぬきで。
▽石田衣良はこんな人
 http://www.s-woman.net/shopping/ishida/01.html

▽イケメン作家について
『本の雑誌』2004年1月号に「イケメン作家ナンバー1は誰だ!」という記事が出ている。休刊した『噂の真相』によると「石田衣良は神崎京介と文壇一のイケメン作家の座を巡って対立」していたらしいが、そういえばさいきんどこかの小説誌で二人ともカッコつけて対談していた。『本の雑誌』の女性書店員さんによる投票結果は次の通り。

 1位 吉田修一
 2位 島田雅彦
 3位 町田康 本田孝好
 5位 石田衣良
 6位 奥田英朗 阿部和重

 はい、たしかに吉田修一はハンサムですね。だが、残念ながら頭髪がさびしい。この地位もあと数年の命と思われる。島田雅彦はイケメンというより美形か。町田康はかわいいですね。石田衣良も年のわりにはイケてるか。スタイルよさそうだから、ちょっと引いて全身見るとカッコいいかも。奥田英朗も頭髪がさびしいが、シブい方面にうまく推移している。わたしはこの中では、ちょっと暑苦しいけど阿部和重がいいなあ。
 たまには顔で本を選ぶのもおもしろいと思います。

★★★★(2004.8.1 白犬)


1ポンドの悲しみ A Pound Of Pain  4-08-774689-5
集英社 1500円


 2004.3.10初版。
 カバー写真の犬がかわいい。
“10 stories for those in their thirties”と帯表4にあるように、30代の男女を主人公とした恋愛小説集。
 しかしこう並べられてしまうと、都会派というかバブリーというかどうも気恥ずかしい。30過ぎてトレンディドラマでもあるまい(とくに最後の一篇「スターティング・オーバー」なんかは懐かしさをおぼえてしまう)。もうちょっと(普通のひとたちは)大人なのではないのかなあ。

★★★☆(2004.3.10 黒犬)



「小説すばる」2002年8月号〜2004年2月号まで隔月掲載。
スローグッドバイ』に続く恋愛短篇第2集。遠く離れて暮らす恋人たちの、月に一度の束の間の逢瀬を描いた表題作ほか10篇を収録。
 前作で「ぼくのとぼしい実体験」は使ってしまったので、今回は、どこかで女性と相席するたびに「今までの恋のなかで、これはおもしろいということはありませんでしたか」と聞いて取材したそうです。勤勉でいらっしゃる。全体的にステキすぎるのは、やはり取材した人に遠慮したからでしょうか。もはやデビュー当時の輝きは感じられない。

★★☆(2004.3.15 白犬)


電子の星 池袋ウエストゲートパークIV  4-16-322390-8
文藝春秋 1524円


 2003.11.30初版。初出は「オール讀物」02年12月号、03年1月号、4月号、03年7月号。
 IWGPも4冊目です。だいぶ飽きてまいりました(笑)。いつまで続けるのかなー。やめたくてもやめられないんだろうなー。
 今回は、ネットで悪評を立てられて困ってるGボーイズを卒業したラーメン屋の双子、西口公園で息子を殺した犯人を追うタクシー運転手、少年売春をさせられているミャンマー人少年、人体損壊DVDにハマってしまった友人を探す負け犬少年、といったところが「依頼人」。例によってキングの力を借りながら、あるいは警察の顔なじみをうまく使いながら事件を解決していくマコトくんです。ざっと紹介しただけで、なんとなく雰囲気がわかっちゃいますね。そこが弱みだな、このシリーズの。
 今後、どう展開していくつもりなのか。微妙。

★★★☆(2003.12.8 黒犬)


 初出「オール讀物」2002年11月号〜2003年7月号。
《池袋ウエストゲートパーク》シリーズ第4弾。ネットを悪用したラーメン店への嫌がらせ、潜りの少年デリヘル、芸術劇場裏の通り魔殺人、人体損壊DVD。テレビドラマ化のせいで、相変わらずマコトは長瀬くん、タカシは窪塚くんの顔で読んでしまうのがなんとも悔しい4篇。
 表題作「電子の星」は、山形から幼なじみを探しにやってきた少年とマコトが人体損壊DVDの謎を追う。 こわがりの人は読まないほうが無難と思われるが、本書4篇の中ではもっとも印象に残る作品。世の中をすねたような少年とマコトとの交流には心温まる。ケチをつけるとすれば、マコトの説教節がパワーアップしていてうっとうしいことか。それでも1524円はお買い得。

★★★★(2004.1.10 白犬)


LAST [ラスト]  4-06-212050-X
講談社 1600円


 2003.9.25初版。初出「小説現代」01年から03年にかけて6本、書き下ろし1本。計7本収録の短篇集。直木賞受賞第一作。
 いやー、これはなかなか、きましたな。
 まず帯に手書き文字で、

「崖っぷちの人間をダーク&ビターに書きました。
 ぼくの別な顔に、震えてください。石田衣良」

 とあって、ムカついた(笑)。手書きが流行っているのもどうかと思うし、自分で考えた文面ならちょっとダサいと思ったし。ダーク&ビターってチョコレートじゃないんだから。ぼくの別な顔ってアンタの顔をみたいんじゃなくて、小説が読みたいんだから(最近出過ぎだし)。震えてくださいって最高に恥ずかしいと思うし。こういう売り方、いやだなあ。
 しかし中身は別。強烈。思いっきり救いがないし、思いっきり後味悪いし、どいつもこいつもせっぱ詰まってるし。迫力ありすぎ。
 だいたいが金。借金背負って二進も三進も行かなくなり追いつめられ……という状況。でなければセックス。
 登場するのは、ホームレスだったり倒産間近な小企業のオヤジだったり新橋で看板もって立ってるおっさんといった人々。くすぶりというよりももっと絶望的。
 文章に難はないし、すらすら読めるのだけど、このやりきれなさにはまいった。確かに「別の顔」ではある。好き嫌いがわかれそうだが、力作。

★★★★(2003.9.30 黒犬)


 初出「小説現代」2001年11月号〜2002年7月号+書き下ろし。
 石田衣良の直木賞受賞第一作。「崖っぷちの人間をダーク&ビターに書きました。ぼくの別な顔に震えてください」と、帯に著者自筆のメッセージがあるように、豊島区の不良少年や中央区の中学生の話ではない。借金や恐怖に追いつめられた人間の極限状態を描くいた短編集である。「ラストライド」「ラストジョブ」のように、タイトルに「ラスト」がつく7篇収録。
 いわゆる「街金」の暴利や、すさまじい取り立てにまつわる事件は、いまやめずらしくもない。新聞やテレビなどの報道を見るかぎりでは、貸す側も借りる側もワンパターンのような気がするが、それぞれにドラマはある。
 「ラストライド」は、借金のかたに妻と娘を売るか、みずから命を絶つか、まさに“究極の選択”を迫られた男を描く。街金関係ではもう1篇、借金返済のためにヤバい仕事を引き受ける「ラストドロー」があるが、こちらはまだ救いようがある。ほかの作品も金のために身をやつす人々が描かれていて、それぞれに興味深く読んだ。著者の引き出しの多さもさることながら、それをバランスよく生 かす器用さにも注目したい。次作おおいに期待。

★★★★(2003.10.26 白犬)


4TEEN フォーティーン  4-10-459501-2
新潮社 1400円


 2003.5.20初版。「小説新潮」掲載の6篇プラス書き下ろし2篇、計8篇の連作短篇集。
 舞台は月島。主人公は男子中学生。14歳のテツローと、その悪友3人が“恋をし、仲間と語らい、性に悩み、旅に出て…。”という“月島青春ストーリー”(帯表1)。ああ、はずかしいキャッチ。
タイトルは14歳のfourteenと“4人の十代少年”とをかけているのでしょう。中心となる4人以外にも、いろいろ出てきますです。
 難病、同性愛、過食症、児童虐待、殺人事件などなど、十代の子らが対面するにはかなりヘヴィなできごとが満載ですが、深刻であるにもかかわらずタッチは軽やかで石田衣良らしく仕上がっています。しかしどうしても重松清のニオイがしちゃうんだよなあ。だから悪いというわけではないのですが……。

★★★☆(2003.6.8 黒犬)


 第129回直木賞受賞作。初出「小説新潮」1999.7〜2002.3+書き下ろし。
 銀座から地下鉄で10分。木造の長屋ともんじゃ焼きと超高層マンションが共存する町月島。この町でぼくたちは恋をし、傷つき、死と出会い、いたわり合い、そして大人になっていく。14歳の中学生4人組が出会った8つの物語。
 うーん。こうして帯の文句を引いただけで「なんだかなあ」の波状攻撃に苛まれる。「月島青春ストーリー」という宣伝文句もなあ。いったいなにを目指しているのか石田衣良。
 語り部テツローをはじめとする男子中学生仲良し4人組は、性格、体格、成績、家の経済状態などの差はあるが、みんな“いい子”である。いまどきの中学生らしくちょっとばかしヤバいこともするが、なにをするにもきちんと筋が通っており事後爽やか。この爽やかさは著者のほかの作品にも通じるものはあるんだが。わたしはいまだにオール讀物誌上で『池袋ウエストゲートパーク』を読んだときの衝撃が忘れられないようだ。
「疾走感」は健在。たとえば書き下ろしの「十五歳の旅」で、4人が都心をマウテンバイクで走るシーン。都内在住者でなくても、一緒にバイクを漕いでいるような気分になるだろう。

 世界は始まったばかりの春のなかにあって、なにもいえなくなるほど美しく、大声で笑いたくなるほどばからしかった。(「十五歳への旅」p.201より)

 だれにも青春はある。次作期待。

★★★☆(2003.8.1 白犬)


骨音(こつおん) 池袋ウエストゲートパークIII  4-16-321350-3
文藝春秋 1619円


 2002.10.30初版。I/W/G/Pシリーズ第3弾。初出「オール讀物」。テレビドラマ化のせいで長瀬智也と窪塚洋介の顔が浮かんでしまう全4話。表題作「骨音」は、西一番街にある果物屋の息子、おなじみ真島誠がホームレス襲撃事件を追う。
 このシリーズはオール讀物推理小説新人賞受賞作をシリーズ化したものだが、第3弾ともなると、同誌で受賞作を読んだときの衝撃と感動を持続させるのは難しい。たとえば誠に、

「それは違う。人が死ぬのと誰かに殺されるのは別な問題だ。それにホームレスの男たちは、おれやGボーイズのガキとぜんぜん変わらない。ついてないことが重なれば、今どんなに恵まれていても、おれたちはいつか公園で寝泊まりすることになる。それは今の日本のかけ値なしの姿だろう」(「骨音」p.24)

 なんて言われてしまうと、おめーに説教なんかされたかねえやいって思うよ。書き下ろしの「西口ミッドサマー狂乱(レイヴ)」いい。レイヴの熱気と混乱が伝わってくる。さいきんはドラッグを「くう」というのですね。

★★★★(2002.11.6 白犬)


 バンド、売春、地域通貨、ドラッグ&レイヴといったところが今作のテーマですかな。マコトはそれなりに着々とライターのオシゴトしてるし、そのマコトに誰かが相談を持ちかけてなんだかんだで解決するという展開もだいたい同じなので、そろそろ飽きてきましたが、エンタテインメントとしては読みやすく、上出来だと思います。

★★★☆(2003.4.1 黒犬)


娼年(しょうねん) call boy  4-08-775278-X
集英社/集英社長編エンタテインメント 1400円


 2001.7.10初版。石田衣良の書き下ろしエロ小説。
 学生バーテンダーのリョウは、ある夜、ホストクラブに勤めるシンヤに客を紹介される。御堂静香――一週間後、ひとりでバーを訪れた彼女はリョウのセックスを試したいと言う。
 いわゆる男娼の話。主人公が「お利口さんの不良」なところは《池袋ウェストゲートパーク》シリーズと同じ。性描写は上品だがどうということはなし。無理なくすらすら読ませるのはさすがだが、それだけに印象薄。ジャニーズ事務所単発2時間ドラマ向き。

★★(2001.7.2 白犬)


波のうえの魔術師  4-16-320280-3
文藝春秋 1333円


 2001.8.30初版。初出は「オール讀物」99年7月号、01年1月号、01年7月号で、三部構成になっています。
 就職浪人というかセミ・パチプロ(ん? パチンコのセミプロ? なんでもいいや)の大学生が、京成町屋あたりで老人にスカウトされる。つれていかれたのは老人の自宅。そこで毎日、新聞の株価欄をチェックしろなどという謎の仕事をさせられる。わけがわからんが、金になるならラッキー、と引き受けるんですね。「赤毛連盟」かと思いましたよ(笑)。
 でも帯には“クライムサスペンス”とある。舞台は1998年。バブル後の日本。若者は老人に株を教えられ、どんどん深みにはまっていく。
 わかりやすい経済小説ともいえる。いや、経済の仕組みなんざいくら説明されてもわからんのですがね。でもまあそういう雰囲気。
 おもしろかったですよ。筆力は安定しているし。でもねえ……ちょっと不満も、ある。
 ストーリー的には『娼年』との印象が近いこと。以下は『娼年』『波のうえの魔術師』両方を読んだ人だけ読んでね。

『娼年』とまったくおなじパターンじゃんかよお(書き始めたのは『波の〜』のほうが先か?)。
・主人公の若者はモラトリアムっぽい。
・そのスジの名人・プロフェッショナルに見いだされる。
・ちょっと危ない裏の稼業に足を踏み入れる。
・素質があって、ぐんぐん成長していく。
・彼女はいるんだけど、裏稼業に理解を得られず別れる。
・最終的には、大成功、の一歩手前ぐらいで挫折。
・でも復活の可能性を残す余韻。

 ネタはおもしろいんだけど、石田衣良小説としては目新しさがないぞ。永遠のワンパターン、佐藤正午とか樋口有介とかの路線を進むのはまだ早いだろうに。
 他には文章面でキズがちらほら。

「最近、お仕事のほうはいかがですか」
「まんざらでもありません。(後略)」(p.56)

 日本語として、変。「悪くありません」「なんとかやってます」「ボチボチでんなあ」ぐらいでしょう。

 保坂遥は黒ずくめの格好で、田園都市線の階段をのぼってきた。(p.171 渋谷駅の描写)

 舞台は98年。まだ新玉川線だったのでは?(渋谷・二子玉川園間が“田園都市線”になったのは2000年8月から。)

 鋭い毒舌のファッションチェックで主婦に人気のデザイナーが、(p.216)

 なんか、変。こなれていない。「鋭い毒舌」って……舌鋒鋭いといいたかったのか? いいたいことはわかるんだけど。
 いずれにしても、基本的には文章が丁寧な人なのだから、あまり書き散らさずにじっくり仕上げてほしいなあ。

★★★★(2001.9.8 黒犬)


赤・黒(ルージュ・ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝  4-19-861308-7
徳間書店 1600円


 2001.2.28初版。初出「アサヒ芸能」の連載に大幅加筆修正の長篇クライム・サスペンス。といっても『模倣犯』のあとではずいぶん短く感じられる。『池袋』『エンジェル』などだいたいこれくらいの長さだから、著者にとっての適正枚数なのか。
 主人公は、ギャンブルにはまってしまってダメダメな映像ディレクター小峰渉。悪い仲間に誘われて、カジノ・バーの売り上げ強奪作戦に加わり、うまくいったのはいいが、仲間のひとりに裏切られ、金は手に入らないどころかカジノの元締めである暴力団にもバレてしまい、さあ大変。なんとか金を取り戻さないと一生ヤクザの下働きをすることになってしまうのだ。
 というわけで池袋のあちこちを、裏切り者をさがしてさまよう小峰なのであった。そのお目付け役が氷高組の斉藤サル――『池袋』マコっちゃんの同級生――なのだ。“外伝”というサブタイトルがついているように、マコっちゃんやキングも噂やチョイ役で友情出演しているのでけっこううれしい。
 ギャンブルで身を持ち崩してるわりには偉そうなこといっちゃう主人公にはあまり共感できないが(笑)、まあそういう人間じゃないと小説にならんもんなあ。ほんとのヤクザってこんなにやさしいのかなあと感じないでもないが、そこはそれイケブクロという架空の町を舞台にしたファンタジーと思えばよろしい。甘さとか予定調和とか不満はあるにしても、楽しく読めました。

★★★☆(2001.4.8 黒犬)


少年計数機 池袋ウエストゲートパークII  4-16-319280-8
文藝春秋 1619円


 2000.6.20初版。ドラマ化され勢いづいている『IWGP』第二弾。「I」は6刷、「II」は2刷だそうで。
「オール讀物」掲載の3本と書き下ろし1本。幼なじみの女の子が男になって登場し、ストーカーにつけ狙われるインターネット覗き部屋ギャルを助ける「妖精の庭」と、ひたすら数を数えることによって精神の均衡を保っている子供を助ける「少年計数機」はテレビにも使われたエピソード。「銀十字」は老人もの、書き下ろしの「水のなかの目」は女子高生監禁事件(と犯人たちのその後)を題材としたかなり“熱い”一篇。どれも力作です。
 しかしマコトってこんなにお利口なヤツだっけか。すっかりテレビ(長瀬智也)のイメージになってしまってる。おそるべしドラマ。ストリート雑誌にコラムもってたり、長い物を書こうと決心したり、なんか向上心ありすぎて変(笑)。
 でも面白いので許す。(文春文庫文庫化。2002.5)

★★★★(2000.6.28 黒犬)


うつくしい子ども  4-16-318450-3
文藝春秋 1524円


 昨年、『池袋ウエストゲートパーク』であざやかにデビューした新人ミステリー作家の第二作。渾身の書き下ろし。なんていうとちょっと誉めすぎですね。
 話は例の酒鬼薔薇クン事件がモデルになっておりまする。犯人の兄である中学生が、どうして弟はあんなことをしたのか、と動機を調べることに。むろん加害者の家族ということで、報道被害にあったりもする。
 なかなか読むのがつらいストーリーではあります。被害者側からみればなにが少年法だっていうのもわかるし、だけど加害者の家族まで断罪する権利が(マスコミとそれに踊らされる物見高い周囲の連中に)あるのかどうか。そういうところまで考えさせられてしまう。
 小説としての仕掛けや決着のつけかたについては、予想もついちゃうし、読後感悪いんだけど、問題提起しつつエンタテインメントとしてもぎりぎりで成立させている力量はなかなかのもの。力作だと思います。いずれ化けるんじゃないかねえと期待している作家ざんす。星半分オマケね。(文春文庫文庫化。2001.12)

★★★★(1999.5.24 黒犬)

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last updated : 2005/01/10
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