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January 28, 2006

小林信彦『東京少年』○

「波」2003年6月号〜2005年5月号連載に加筆。
 昭和19年7月。東京都日本橋区の老舗のあととり息子である〈ぼく〉は、中学進学をひかえた国民小学校6年生の夏、入間郡名栗村の寺院に集団疎開する。慣れない集団生活のなかでの子供同士の軋轢、横暴な教師、飢え。心待ちにしていた帰郷予定日の朝、学童たちは大空襲による家の焼失を知らされる。
 敗戦後60年。戦争体験を語り継ごうという気概が薄れつつあると感じるのは気のせいではないだろう。疎開。改めて考れば意味の取りにくい言葉だし、実際、あっさりと語られることが多いせいか、具体的にイメージするのは難しい。
 本書は集団疎開と縁故疎開の二つを体験した少年の物語である。描かれているのは戦争末期から敗戦後の混乱期を生きた一少年の日常と心情であり、当時の戦況や集約された悲惨さではない。とりわけ印象的なのは、〈ぼく〉の「東京に帰りたい」という強い思いだ。
 大空襲のあと、〈ぼく〉は両親とともに新潟に縁故疎開するが、それはあくまでも父の独断で、母子はあからさまに帰郷を望んでいる。だが、父は頑として聞き入れようとしない。とうてい納得できない父の態度に〈ぼく〉はこんなことを思う。

こんな時代に、滑稽なことであるが、父は母の実家に〈転がり込む〉ことによって、夫婦のバランスが崩れ、自分の威厳が失われるのを恐れたのではないのか。(p.234)

 この部分はちょっとした衝撃だった。命からがらの体験をした人が、自身のプライドを保つだけのために、家族を押さえつけてまで、あえて不利な条件の生活を選択している。男の沽券ってやつですか。そんなつまらんクダラン意地なんざとっとと捨てちまえって、いらいらしましたよわたしは。
 戦争という非日常のなかにも目先の生活はたしかにあった。
 主人公〈ぼく〉の身の上は著者自身のプロフィールと重なるが、「自伝的作品ではあるが、自伝ではない」と、あとがきにある。この冬おすすめの一冊。

★★★★☆(2005.12.5 白犬)

新潮社 1600円 4-10-331826-0

posted by Kuro : 03:15

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