« 石田衣良『てのひらの迷路』○ | Blog Top | 大石英司『神はサイコロを振らない』●○ »

January 05, 2006

松尾由美『ハートブレイク・レストラン』○●

 28歳のフリーライター、寺坂真以。彼女が気分転換のためにノートPC持参で向かうのは駅から離れた街道沿いのファミレス。たいてい空いていて、そのせいか長居する常連も多い。たとえば、いつも和服で、真っ白な髪をお正月のくわいのような形に結っている絵に描いたようなおばあちゃん。ある日、いつもの席で仕事をしていた真以は、携帯に連絡してきた友達に、書こうとしているネタの話をする。それはじっさいにあったふしぎな出来事だった。「僭越ながらお力になれるかもしれないと思いまして」電話を切ったあと、真以はおばあちゃんに声をかけられる。
 「隅のおばあちゃん」が解き明かす松尾由美の恋愛ミステリー。おばあちゃんが幽霊であることは第1話で明かされる。元大地主のひとり娘で、ファミレスのある敷地は最後まで残ったおばあちゃんの隠居所と畑だったというわけ。ただし、このおばあちゃんは誰にでも見えるわけでなく、見えるのは「どこか心のさびしい人」というのがいい。いっぷうかわった安楽椅子探偵もの全6篇を収録。こたつみかんのおともに。

★★★★(2005.12.4 白犬)


 2005.11.25初版。初出「小説宝石」03年6月号〜05年9月号。
 独身女性フリーライターの主人公が、なじみのファミレスにあらわれる幽霊おばあちゃんの助けを借りて、謎を解き明かす連作ミステリー集。
 ほのぼの系というか日常の謎系というか、まあそういうほんわかした雰囲気の連作です。出てくる謎も、さほど血なまぐさくもなく、解決にも無理がない。なんとなくいい雰囲気の男が出てきたりするのも、お約束といえばお約束だがいろどりを添えている。
 しかし不満が残る。
 雑誌に掲載されたときは半年に一篇ぐらいのペースだったから、当然登場人物の紹介やら今おかれている状況やらを説明しなければならない。同じ読者が継続して読んでくれるとは限らない。つねに新しい読者を想定しておかなければならない。
 しかしそれを一冊にまとめて本にした場合はどうか。一冊の連作短篇集の途中から読むという人はまずいないだろう。よほどのことがない限り、最初から読んでいくはずだ。最初の一篇が終わった。さて次の一篇。
 そこでまた、

 わたしは寺坂真以、職業はライターで、(p.43)

 から始まり、ファミレスの様子、そこでの主人公の仕事のしかた、幽霊のおばあちゃんについてまで再度説明されるというのは、どうにも莫迦にされているような気がしてしまうのだ。
 独立した短篇であるならまだしも、連作と銘打つ以上、一冊の本としての全体の構成も考えなければいかんのではないかと思うのである。それはどちらかというと、著者のというよりも編集者の仕事だと思うが。そのうえで、繰り返しておいたほうがいい情報は、うまく埋め込んで目立たないようにしておくのが作家の技量というものではないのか。
 そんなところが引っかかって、あまりノれなかったのが残念。

★★★(2005.12.23 黒犬)

光文社 1500円 4-334-92478-6

posted by Kuro : 16:30

trackbacks

このエントリーのトラックバックURL:
http://dakendo.s26.xrea.com/blog/mt-tb.cgi/160

comments

コメントをどうぞ。




保存しますか?