吉田修一(よしだ・しゅういち)


【長篇】
東京湾景
ランドマーク
長崎乱楽坂
日曜日たち

【短篇集】
春、バーニーズで
熱帯魚
最後の息子
パーク・ライフ

【エッセイ・NF】



春、バーニーズで  4-16-323480-2
文藝春秋 1143円

 初出「文學界」ほか。
 黒カバーに銀の箔押し。シンプルな装幀に人気作家の自信のほどがうかがえる吉田修一の短篇集。表題作はかつて生活をともにした二人の再会を描く。主人公の筒井は家族連れ、相手も恋人らしき若い男を連れているが、筒井の妻は妙な視線を交わす二人の関係を勘ぐろうともしない。なぜなら二人が男同士だから。
 じつはこの二人、デビュー作『最後の息子』(文春文庫)に登場する、おかまの「閻魔ちゃん」と主人公の「ぼく」なんですね。新宿のバーニーズ・ニューヨークで、口うるさいおかまに服をあてがわれている若い男に、十年前の自分を重ね合わせる筒井。ほか4篇もこの筒井くんのその後の話。誰にも、自分だけのストーリーがある。
 車で出勤する途中、衝動的にハンドルを切って日光に行ってしまう『パーキングエリア』がとくに印象に残った。

★★★★(2004.11.29 白犬)


熱帯魚  4-16-766502-6
文藝春秋/文春文庫 448円

 大工の大輔と子連れの真実が同棲するマンションに、毎日熱帯魚ばかりを眺めて暮らす引きこもりの義弟、光男が加わる。奇妙な共同生活のなか、大輔と真美の間に微妙な温度差が生じて――いいやつが空回りする様を描く表題作ほか全3篇収録。
 表題作の主人公は、また例によってガテン系なわけだが、ほか2篇の主人公は都会で暮らす若サラリーマン。ひとりはフィアットのバルケッタに乗ったりしている。今回はオール標準語ということで。
 久しぶりに取れた長期休暇を九十九里の民宿でアルバイトをして過ごす、体温低そうな新田くんの物語『突風』がとくに印象に残った。448円はお買い得。

★★★(2004.9.12 白耳)


東京湾景  4-10-462801-8
新潮社 1400円

 初出『小説新潮』2002年9月号〜2003年7月号+書き下ろし。
 品川埠頭の船積倉庫で働く亮介は、出会い系サイトで知り合った亮子とデートの約束をする。待ち合わせの羽田空港に向かった亮介を待っていたのは、「まさかこんないい女が現れるわけがない」と思うほどの美人だった。
 吉田修一の東京もの。といっても例によって亮介はガテン系で、亮子の実家は博多である。こうなるともうお約束であろう。主人公がエリートサラリーマンで、一行も方言が出てこない作品などないと思うことにしよう。しかしさすがに、亮子と、見合いをすすめる実家の両親との電話のやりとりのシーンなどは秀逸である。名前も素性も曖昧ないまま、ぶつかり合うように求め合う2人は、いったいどこへ向かうのか。いつもながら、ラストお見事。
 ちなみに本作はフジテレビ系月9枠連続ドラマの原作でもある。どんなことになっているのか、ちらっと見てみたら、ぜんぜん違う話になっていてびっくり、というか呆れた。

▽連続ドラマ 東京湾景〜Destiny of Love〜
 http://www.fujitv.co.jp/wankei/index2.html

★★★★(2004.8.23 白犬)


ランドマーク  4-06-212482-3
講談社 1400円

 初出「群像」2004年5月号。一挙掲載作品なんですね。
 吉田修一の東京もの。といっても物語の舞台は埼玉県大宮の建設現場。寮暮らしの鉄筋工、隼人は出身地にちなんで「キューシュー」と呼ばれ、同室の男たちは東北弁を話す。そんな隼人と交互に描かれるのが、ビルを設計した犬飼の生活。住まいは都内のデザインマンションで、妻との仲は冷えきり、遠方での仕事にかこつけて愛人と逢瀬を重ねる。この二人の運命が交差する、地上35階建ての巨大スパイラルビル。積み重ねられた不安定なねじれが、やがて臨界点を超えるとき――。
 さいきん新聞のスポーツ欄などで「結果を残す」という表現をよく見かける。長く苦しい練習の成果を記録として残したいということなのだろうか。似たようなので「結果を出す」というものある。言葉としての座りはいいが、よく考えてみるとおかしな言い方だ。謙遜してるのか、それともひどく驕っているのか。それでも、この妙な流行語をさしたる考えもなしに使っている人々は、少なくとも孤独ではない。まだ「結果を出していない」にもかかわらず、世間的に認められ、期待されている。無条件で受け入れてくれる人々がいる。
 本作で描かれる男二人は、生活レベルをはじめ、あらゆる意味で対照的だが、心の拠り所のなさという点では同じだ。後半、鉄筋工の隼人が女友だちにこう言う。

「……なんていうか、俺が何したって誰も気づかないんじゃねぇかって。たとえば、俺が急にいなくなってもさ、誰も気づきもしねぇで、俺が建てたビルだけが、そこにぽつんと残んだよ。な? ちょっとイメージしてみてくれよ。せつねぇぞ」(p.173)

 都会ではだれもが孤独と退屈を恐れ、漫画チックな夢ばかり見る。
 せつなく、やるせない余韻を残す作品。おすすめ。

★★★★☆(2004.8.10 白犬)


長崎乱楽坂  4-10-462802-6
新潮社 1300円

 初出「新潮」2002年10月号〜2003年11月号。単行本化にあたり大幅加筆。ゴトウヒロシの装画いい。
 吉田修一の長崎もの。6話からなる連作形式の長篇。造船所の事故で父を亡くした駿と悠太の兄弟が暮らす三村の家というのがなんともすさまじい。二人の母、千鶴は5人きょうだいで、うち男2人は新興やくざ。家には暴力自慢の若い衆がしょっちゅう出入りしては酒盛り。お母さんはその若い衆のひとりといい仲で、ときどき離れにシケ込む。追って行こうとすると爺さん婆さんに「いかんよ」と止められる。指詰め彫り物当たり前、学校から帰るときどき女の人が殴られている。そんなとりとめのない日々の中、駿は離れで幽霊の声を聞く――とまあ、幼い子供の生育環境としてはかなり悲惨なわけだが、全体的にユーモラスで、ときに暖かみさえ感じるのは長崎弁のおかげだけではないだろう。
 最終話は駿の弟、悠太を通して描かれる三村の家のその後。すでに爺さん婆さんはなく、皆それぞれに年をとっている。

 男どもの家だったこの家が、いつの間にか女子供の家となり、そして今では千鶴と駿、威勢のよかった男どもに置いていかれた女と、威勢のいい男になれなかった息子だけが、ひっそりと暮らす家。(p.190)

 東京から法事のために帰省した悠太の目を通して、ゆるやかに検証される家の歴史。ラスト、お見事。

★★★★☆(2004.7.7 白犬)

▽Hiroshi Goto Private Gallery
 http://www.haili.com/gallery/



日曜日たち  4-06-212004-6
講談社 1300円

 初出「小説現代」2002年6月号〜2003年6月号。『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞した“イケメン作家”吉田修一の5章からなる連作長篇。都内で暮らす男女5人の“日曜日”を描く。
 各章の主人公たちに接点はないが、九州から家出してきた幼い兄弟が物語をつなぐ。読み進むにつれ、兄弟の足取りとその後が知れるという仕組みにもなっている。
 なにも九州にすることはないじゃないかというのが正直な感想。ほかの作品でもそうだが、この人にとっての「地方」は、九州以外はあり得ないんじゃないのかとさえ思える。著者自身が長崎県生まれだから、思い入れが強いのは仕方がないとしても、これだけ続くと飽きる。しかし収録の5編中もっともできがいいのが、九州出身の青年が、親戚の結婚式のために上京してくる父親を迎える「日曜日の新郎たち」だからなあ。どうしよう。どうもしません。次作期待。

★★★☆(2003.10.9 白犬)


最後の息子  4-16-766501-8
文藝春秋/文春文庫 505円

『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞した吉田修一のデビュー作で、第84回文學界新人賞受賞。
 新宿でオカマの「閻魔ちゃん」と同棲する“ぼく”のビデオ日記に残された映像。といってもホモな話ではなく、“ぼく”にはガールフレンドもいる。海外映画の小作を思わせるような雰囲気だが、生活感を漂わせることで和風に落とすことに成功している。
 併緑の「破片」と「Water」は、著者の出身地が舞台で、とうぜんのことながら長崎弁満載。東京から帰省した主人公の夏の日々を描いた「破片」いい。兄岳志がこつこつと手作りする「我が家」を、作中ではガウディとしているが、わたしは郵便配達夫シュヴァルの理想宮を思った。
『最後の息子』もそうだが、『パーク・ライフ』にも、都内の有名シティホテルが出てくる。フォーシーズンズとか。好きなのかホテル。

★★★☆(2002.9.1 白犬)


パーク・ライフ  4-16-321180-2
文藝春秋 1238円

 第127回芥川賞受賞作。著者は1968年、長崎市生まれ。けっこうハンサム。背も高そうだし。97年『最後の息子』で第84回文學界新人賞受賞、芥川賞候補。02年『パレード』で第15回山本周五郎賞。
 地下鉄の中で間違えて話しかけてしまった女との偶然の再会。東京のド真ん中「日比谷公園」を舞台に、男と女の“今”をリアルに描く。
 なんとも体温低そうな若者の話。何か起こりそうで起こらない。それでいて村上春樹ふう“僕僕小説”でもないから、こんなスカスカ小説で芥川賞かい、と思わなくもないが、そこが「リアル」と評価される所以か。どうやらわたしは濃いめ好きらしい。女性の描き方が器用。元彼女いい。あとリスザルのラガーフェルドかわいい。
 併録の「flowers」は、九州から上京してきた若い夫婦の生活を描く。明記はないが、九州とは著者の出身地、長崎だろう。

★★★★(2002.8.26 白犬)


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last updated : 2004/12/31
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