横山秀夫(よこやま・ひでお)


【長篇】
半落ち
クライマーズ・ハイ

【短篇集】
真相
第三の時効
深追い
顔 FACE
陰の季節
動機

【エッセイ・NF】



クライマーズ・ハイ  4-16-322090-9
文藝春秋 1571円

 2003.8.25初版。初出「別冊文藝春秋」237〜243、245号……っていわれたって、何年に書かれたのかわからんじゃないか。不親切。
 しかし、圧巻。巨大作。激賞。星5つ。これはもう読むしかないでしょう。
 主人公悠木は40歳、北関東新聞の記者のなかでは古参になる。同僚に誘われて山登りをする予定が、その前日、例の日航機墜落事故が起こり、行けなくなってしまった。同僚はなぜか歓楽街で倒れて植物状態に……。
 ジャーナリストであり、会社員でもあるという主人公やその周囲の人間たちが、御巣鷹山の事故にどう立ち向かっていったか。記者としての誇り、会社員としての屈辱、家庭問題の苦悩、悠木は徐々に追いつめられていく。
 85年の日航機事故のとき、著者は28歳。まだまだ若手だったはずで、この小説でいえば主人公に使われる立場だったのだろうと推測する。もしかしたら現場に乗り込んでいって第一報を書いた佐山だったのだろうか。それとも事故原因のスクープを握りつぶされた玉置だったのだろうか。まあそんなことはどうでもいいんだが、あのとき新聞社に身を置いていたものにしか書けなかった作品だろうと思う。
 四六時中電話が鳴り響き、怒鳴り合い、ときには殴り合い、会社のソファで仮眠をとり……といった、ちょっと前のTVドラマにありそうな風景が、文字だけの力で浮かび上がってくる。
 決して新聞記者を正義の味方などとは描いていないのもいい。全国紙には端から太刀打ちできないと諦め、長野側に落ちていてくれればいいのに(他県の事故なら仕事が増えない)と情けないことを思い、社内政治のコマにされそうになり、必死の救命活動を報じた記事も「自衛隊が嫌いだから」という偉いさんのために一面から追いやられ、上司に刃向かってみても結局はなんのたしにもならず、悠木もその他の登場人物もスーパーヒーローではない。どこにでもいる会社員であり、なさけないおっさんなのだ。
 カタルシスは、ない。しかしこの迫力に圧倒される快感は、味わって損はないと思う。

★★★★★(2003.9.2 黒犬)


 北関東新聞の記者、悠木和雅は同僚の元クライマー安西とともに谷川岳の衝立岩に挑む予定だったが、出発日の夜、御巣鷹山で墜落事故が発生し約束を果たせなくなる。事故の全権デスクを命じられ身動きがとれない悠木のもとへ、一人で出発したはずの安西が病院に運ばれたという報せが入る。墜ちたのか――。だが、間もなく悠木は安西が山とは無関係の歓楽街で倒れたことを知る。
 1985年、御巣鷹山の日航機事故で運命を翻弄された地元新聞記者たちを描く著者初の本格長編小説。初出『別冊文藝春秋』237〜245号。
 これはすごい。元新聞記者が描く新聞記者の世界。著者自身も事故当時は上毛新聞の記者として現場に行ったというが、本作では主人公を内勤のデスクとすることで、かえって事故の凄まじさと混乱を際だたせることに成功している。功名心にかられる若い記者たちと、社内政治に腐心する古参のせめぎ合いは読み応えあり。主人公の悠木が40歳という年齢にしてはややおっさんくさいのと、警察もの同様、女性の描き方がゆるいところが気にはなるが、ほかは文句なしの五つ星。

★★★★★(2003.9.4 白犬)


真相  4-575-23461-3
双葉社 1700円

 2003.6.5初版。初出「小説推理」01年12月号、02年4月号、6月号、8月号、11月号。あぶらがのってる横山秀夫の最新短篇集。
「真相」息子が殺されて10年。やっと犯人がつかまり、同時に知らなかった事実が明らかになる。
「18番ホール」生まれ故郷の村長に立候補した県庁職員の秘密。
「不眠」リストラされ、職安に通いながら新薬の治験のアルバイトにせいをだす中年男が目撃した事件。
「花輪の海」大学時代、空手部の合宿中に起きた同窓生の死。12年がたって、秘密を共有する同期生たちが再会する。
「他人の家」強盗致傷で服役し、仮出獄した男。妻とともに新しい人生を歩もうとするが、前科は彼らを解放してはくれない。
 以上の5篇。いずれも、暗く沈んだ作風で、爽快感はない。が、著者の力量はそんな物語でもずんずん読ませる。「他人の家」は東野圭吾『手紙』をちょっと思わせるが、こちらのほうがトリッキーでふつうのミステリーになっている。いずれも佳作ぞろいで、読んで損はない一冊。
 p51に「勝手にタイスムが書いたんです。」とあるのは「タイムス」の誤植ですね、いひひ。

★★★★(2003.6.4 黒犬)


 横山秀夫の短編集。初出「小説推理」01年12月〜01年8月号。高校生の息子を殺された父親の10年後を描く表題作「真相」ほか全5編収載。
 主人公は税理士、元県庁職員、リストラされた元サラリーマンなど、今回はお巡りさんなしです。全編甲乙つけがたいが、強盗致傷で服役し仮出獄した男の苦悩と身辺を描いた「他人の家」が印象に残った。

★★★★☆(2003.6.20 白犬)


第三の時効  4-08-774630-5
集英社 1700円

 2003.2.10初版。初出「小説すばる」の、F県警捜査一課を舞台にした連作短篇集。6篇収録。
 それぞれの短篇は独立しているのだけれど、登場人物は重なっている。事件と捜査と、いつも通りその裏の警察内人間関係。事件がメインなのでふつうのミステリーっぽさが楽しめます。『半落ち』よりよいのではないか。
 捜査一課には班が3つあり、それぞれライバル心むき出しなのですが、それぞれを率いる班長もまたひと癖もふた癖もある男たち。部下たち、班長たち、さらにその上の管理職であるところの一課長や捜査本部長、それぞれがそれぞれの思惑と事件解決の板挟みになってもがく、その人間模様もなかなかです。
 表題作は2時間ドラマにもなる模様(03年2月24日放送)。たしかにドラマにしやすいよなあ。

★★★★☆(2003.2.5 黒犬)


 初出「小説すばる」2001.9〜2002.11。
 F県警捜査第一課。一班の朽木。二班の楠見。三班の村瀬。強行犯の刑事たちが覇権を激しく競い合い難事件に挑む本格警察小説。テレビ化決定。出演は緒方直人、段田安則ほか。
 表題作「第三の時効」は、タクシー運転手殺害の発生から15年後、“第二の時効”に備える刑事たちの人間模様を描く。先日、原作を読みながら同テレビドラマをみるというぜいたく(?)をしてみた。これがほとんど原作「ママ」なんですね。ストーリーはともかく、せりふがそのまま役者の口に乗っていることには驚いた。いやしかし、そろそろ飽きてきた横山秀夫。もうどれがどれだか。

★★★★(2003.2.28 白犬)


深追い  4-408-53430-7
実業之日本社 1700円

『半落ち』で「このミス2003」国内小説1位に輝いた横山秀夫の作品集。初出「週刊小説」ほか99.3〜01.12。全7篇。舞台はおなじみ三ツ鐘署。表題作「深追い」は、交通課事故係主任の秋葉が事故死した男のポケベルに送り続けられるメッセージの謎を追う。若い鑑識係が十五年前の水難事故の真実を探る「又聞き」、人事の内幕を描いた「訳あり」いい。とくに「訳あり」はテレビドラマ映えしそうな話です。嫌味じゃなくて。
 交通係や鑑識など、地味な役職に光を当てているところは相変わらずいい。よく“浪花節”にならないなあ。ぎりぎり、寸止め、ってとこか。このバランス感覚は、元新聞記者の強みか。買って損なし。ただ、こう立て続けに出版されるとちょっと飽きてくる。というわけで評価額は200円引き。

★★★★☆(2003.1.1 白犬)


 2002.12.15初版。初出「週刊小説」「J-Novel」(これって「週刊小説」のタイトルと判型が変った新装版だっけ?)。
 とある地方都市にある三ツ鐘署を舞台にした警察小説集。事故死した夫のポケベルにメッセージを入れつづける妻。子供の頃に命を救われ、救ってくれた大学生の法事を欠かさない警官。引退したはずの泥棒を追い求める刑事などなど。地味な事件と警察官の日常をテーマにした短篇集。
 この人は本当に安定しているなあ。ぶれがない。ただ、ここ最近出しすぎのような気もする。立て続けに読むとさすがに飽きる。毎月2冊3か月間出すよりは、毎月1冊6か月間のほうが、いやむしろふた月に1冊で1年間のほうが効果的かもしれない。

★★★☆(2003.1.15 黒犬)


顔 FACE  4-19-861586-1
徳間書店 1600円

 初出「問題小説」2000〜2002。『陰の季節』(文春文庫)にも出てくる、D県警の似顔絵婦警、平野瑞穂の物語。全6話。「だから女は使えねえ!」鑑識課長の言葉に傷つきながら、ひたむきに己の職務に立ち向かう瑞穂。描くのは犯罪者の心の闇、追い詰めるのは顔なき犯人。
 紛うことなき男社会のうえ階級のしばりもある職場の中で、孤軍奮闘する若い婦警。男性警官の話に比べれば、どうしても内容が優しくなってしまうが、決して「女の子がんばっちゃう小説」ではない。飛び降り自殺をした身元不明人の顔を再現するシーンなど、リアルで寒気がする。銀行の防犯訓練中に起こった本物の強盗事件を描いた「共犯者」おもしろい。次作期待。

★★★★(2002.11.2 白犬)


半落ち  4-06-211439-9
講談社 1700円

 初出「小説現代」2001.3〜2002.4。実直な警官が病苦の妻を扼殺。全面的に容疑を認めたが、犯行後二日間の空白については口を割らない「半落ち」状態。男が命をかけて守ろうとするものは何なのか。警察小説の旗手、横山秀夫の初長篇。話題の本。
 いやあ、これは面白かった。久しぶりに「警察小説」を堪能した。組織や職務上のしばりを超えて事件の“余白”に迫る6人の男たち。捜査官、検察官、裁判官、新聞記者、弁護士、刑務官。男たちの手から手へ静かに渡される「思い」。そんな思いに解き明かされる真実は、読む人に多くのことを伝えるだろう。
 横山作品では「まったく新しい警察小説」と評された第5回松本清張賞受賞作『陰の季節』、第53回日本推理作家協会賞(短篇部門)の『動機』があるが、本書は手慣れた短篇の手法が結実した作品といえるだろう。とくに五十代への助走を開始した(?)中年男性におすすめ。

★★★★☆(2002.10.2 白犬)


 2002.9.5初版。初出「小説現代」01年3月号〜02年4月号。
 警察官が病気の妻を絞め殺した。犯人の梶警部は自首し、すべてを自供した。ただ犯行後の空白を除いては。妻を殺したあとの二日間、梶はなにをしていたのか。なぜそれを語らないのか――。
 という話。「半落ち」というのは、完全には自白しきってないということですね。なにかが隠されている。で、事件に関わることになった、取り調べのエキスパートである警官、検事、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官が、それぞれの立場から「半落ち」の残りの半分を明らかにしていくわけです。
 こりゃおもしろかった。たいしたもんです。
 最後の一ページに落涙したという書評も見ましたが、私は泣けるというほどでもなかった。というより、真相はちょっと拍子抜けで感動を強要されているような気にすらなってしまいました。しかしそこに持っていくまでの構成がうまい。

★★★★(2002.10.13 黒犬)


陰の季節  4-16-765901-8
文藝春秋/文春文庫 448円

 警察一家の要となる人事担当の二渡真治は、天下りポストに固執する大物OBの扱いに悩んでいた。「後進のことをお考え下さい」と迫る二渡をニベもなくはねつける元辣腕刑事。そんな中、ある未解決事件が浮かび上がる。
 エースこと二渡警視が活躍するD県警シリーズ第1弾。表題作は第5回松本清張賞受賞作。全四篇収録。
 警察小説といえば主役は刑事に決まっているが、横山作品の主役は管理部門の人間である。表題作の二渡真治は警視だが、組織運営の総合企画を行う警務課調査官で、人事を担当している。だからエース。人事という切り札を持っていることからそう呼ばれる。『地の声』の主役は、警察の賞罰を管理する部門の監察官。『黒い線』は珍しく婦警さん登場だが婦警担当係長。『鞄』は警務部秘書課で「議会対策」を担当する課長補佐。警察もいろんな仕事がある。表題作のほかには、保守系県議の議会質問を探る『鞄』いい。「まったく新しい警察小説」おすすめです。

★★★★(2002.10.3 白犬)


 2001.10.10初版。単行本は98年10月刊。表題作で第5回松本清張賞を受賞した、著者初の作品集。
『動機』のほうを先に読んだのですが、こちらが一冊目の本。D県の県警を舞台にした連作の警察小説。といっても事件とか解決とか刑事とか犯人とかが主役ではない。人事とか監察とか、いわゆる管理畑の、警察官というより警察職員と呼びたくなるような人たちが主人公。不祥事を隠したり、出世に血道を上げたり、天下り先を捻出したり、と、ごく普通のサラリーマンや公務員と同じ情けない姿をさらけ出してくれている。
 退屈かと思ったら、案外楽しめた。掘り出し物でした。

★★★☆(2001.12.5 黒犬)


動機  4-16-319570-X
文藝春秋 1571円

 平成3年『ルパンの消息』第9回サントリーミステリー大賞佳作、平成10年『陰の季節』第5回松本清張賞、そして本書表題作で第53回日本推理作家協会賞受賞。《気鋭》の元新聞記者による第二作品集。
『動機』警察手帳盗難事件。内部犯行の可能性。手帳の一括保管を起案した警務調査官・貝塚が自ら定めた期限は2日。“踊る大捜査線”いかりや長介路線。
 書き下ろし『逆転の夏』前科者の苦悩。泣かせる。
『ネタ元』女性新聞記者。これはいい。さすが元新聞記者。
『密室の人』裁判長、法廷での失態。ありゃりゃ。これはいけません。火サス原作向き。
 バランスのいい構成、無駄のない描写、完成度高し。かなりしぶいです。『密室の人』減点で4つ目は☆。買って損なし。

★★★☆(2001.2.13 白犬)


 2000.10.10初版。2000.11.15の3刷。第53回日本推理作家協会賞受賞作(短篇部門)。1957年生まれ。98年「陰の季節」で松本清張賞受賞。4篇収録。
「動機」一括保管された警察手帳の盗難。
「逆転の夏」前科者にとどく殺人の誘い。
「ネタ元」地方新聞の女性記者の鬱屈。
「密室の人」居眠りから破滅に向かう裁判官。
 さいごの裁判官の話、福岡の“奥さんがストーカーで検事から機密漏洩してもらった判事”事件を思い出した。どうしようもない現実の判事と、生真面目すぎるがゆえに愚かな小説の判事、どっちもどっち。真相は、そんなバカなことだれも考えつかねえよな現実の――テレクラで知り合った男が別の女とつきあい始めたから逆恨みしてその女を脅迫中傷した判事妻――話に比べて、小説のほうが数段地味で情けなくて当たり前。事実は小説よりバカ、か。

★★★☆(2001.2.24 黒犬)

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last updated : 2003/11/3
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