盛田隆二(もりた・りゅうじ)
角川書店/角川文庫 438円
日本人の父とインド人の母の血を引く裕一は人材派遣会社の面接官。日々、仕事を求める女性や違法な外国人労働者の相手をしている。パキスタン労働者のシンカデル。日系四世のルイーズ。バーの雇われママをしているフィリピン人のミルナ。裕一の母ミルバ、裕一の父、父の再婚相手の衿子、父の愛人フェー――みな癒しがたい喪失感を抱きながら、東京に流れ着き、出会い、そして別れて行く。
「サウダージ」とは、
「ポルトガル語で、日本では孤愁とか、思慕感覚と訳されているが、ちょっとニュアンスが違う。失ったものを懐かしむ感情とでも訳したほうがいいかもしれない。アフリカ大陸から南米大陸に連行された黒人たちが大西洋の波打ち際に立ち、海の向こう故郷に思いを馳せる。サウダージとはそんな哀しい言葉だ」(p.14)
わけあり、複雑のオンパレードといってもいいような作品だが、J-WAVEの「サウージ・サウダージ」という番組のイメージで気持ちよく読んでしまった。考えてみれば、わたしが同番組をよく聴いていた時期が、単行本刊行年(1992年)と重なる。「サウージ・サウダージ」はいまでも日曜日の夕方5時からやってます。
★★★☆(2004.10.30 白犬)
光文社 1700円
2002.7.25初版。初出「女性自身」01年5月29日号〜02年4月30日号。
杉並のマンションに住む専業主婦で一児の母、上原弥生30歳。夫は印刷会社勤務、娘は幼稚園児。お金のためだけではない《仕事》を探していたが、運良く地元タウン紙の編集部にもぐりこむことができた。マンション内の主婦友達とのつきあいや、姑からの呼び出しをこなしながらも、編集者としてがんばっていくアタシ物語。
女性週刊誌で連載されたものだが、どれだけの読者が目を通したことやら。主婦の再就職・起業、夫の不倫、妻の不倫、子連れ再婚、ご近所づきあい、インターネット、児童虐待等々、30代子持ち既婚者の「いま」をとりまくアイテムがだいたいフォローされており、立派。
とくに奥様方の旦那巻き込んでの近所づきあいのあたりなど、読み終わるとぐったりしてしまうのですが、それだけのパワーがあるということでしょう。
ところどころ不満もある。たとえば、夫に不倫の疑いが出てきたとき、まず最初にPCをチェックしないのが不自然。むろん、PCオタクの気もあるこの夫の場合、用意周到に証拠を消している可能性は高いが、それでも家をあけてばかりの夫の動向を妻が自宅でさぐることのできる、唯一の手がかりだと思うのだが。まあ別にたいした問題ではありませんね。
また、主人公があまりに《イイコ》で《もてもて》だというのが、少し苦しいか。同世代主婦から共感を得ることができるかどうか、この本の成功はそこにかかっていると思うのだが、どうか。
★★★★(2002.9.5 黒犬)
『湾岸ラプソディ』盛田隆二の本。――平凡な暮らしを望みますか、それとも、結婚しますか? 岐路に立つ女性の“渇き”と“癒し”を切実に描く。『女性自身』2001.5〜2002.4連載。女性自身だよ。連載小説なんか読む読者がいるのか。すいません偏見です。
これは具体的なオファーがあって生まれた作品なんだろうか。分譲マンションに住んでる専業主婦で、子どもが幼稚園に行くようになって少し時間ができたので、なんかしようかなと思ってて、面接に行ったら受かっちゃった、いい顔しない旦那のことは気になるけど、なんかとんとん拍子にうまく行っちゃって、えっ、あたしってけっこうキレイ? やめて下さいわたしには家庭があります、旦那は浮気しまくりで、知ってるわよそれくらい、お隣のあの人には注意したほうがいいわよ、誰に聞いたのそんなこと、もうやめましょうこんな濃い近所付き合い、みたいなところでお願いします先生、とか。
いや、すごいです。参りました。再開した仕事のこと、子どものこと、夫婦間のこと、舅姑のこと、近所付き合いのこと、ひとつとしてハズしていない。水も盛らさぬとはこのことだ。強力な取材をしたか、著者本人がまさにそういう生活のただ中にあるか、そうでなきゃ前世は専業主婦だったに違いない。テーマがテーマなだけにちょっと引いてしまう人が多いと思うが、読み応え大あり。買って損なし。
★★★★☆(2002.9.3 白犬)
角川春樹事務所 2100円
『湾岸ラプソディ』盛田隆二の書き下ろし問題作。
都内の私立女子校に通う菜々は、ニューヨーク生まれの帰国子女。作家の母、その恋人滝田と同居。イジメにあい、“パー券”のカタにブルセラ通い。クラスメートたちも援助、ドラッグ、ビデオ出演と……もう、なんでもあり。菜々の中学時代の同級生、雅也は、ひきこもり・家庭内暴力の上、心の恋人菜々に冷たくされストーキング。逃げ場なし。そして6月のある日、酒鬼薔薇聖斗が逮捕される――。
女子高生菜々を通して描かれる東京アンダーワールド、母の苦悩、恋人滝田の葛藤、雅也のやり場のない怒りと狂気、息子の暴力に堪え忍ぶ愚かな母親と身勝手な父親。すべてが精密にというか、情け容赦なく描かれており、読後なんともやるせない気分になる作品。
安手のカタルシスなど欲しくはないが、あとを引く。ティーンエイジャーの危うさを引き受けているのは、もっとも身近な大人たちでは決してない。いまもむかしも。次作期待。
★★★★☆(2000.11.29 白犬)
2000.10.28初版。『湾岸ラプソディ』の盛田隆二、最新書き下ろし長編。
主人公は16歳の少女、菜々。アメリカ生まれの帰国子女。母親は作家で、いわゆる未婚の母。小学生のときに(だったかな)日本に戻ってきて(彼女には帰ってきたという意識はないのだが)、現在は私立の女子高に通っている。仲間に誘われ(あるいはなかば強制されて)ブルセラで下着を売り、覚醒剤に手を出したり、あやしげなパーティに参加したりな日々。
菜々をつけまわす雅也。中学時代の同級生。進学校に入ったはいいが、落ちこぼれ、父親不在の家庭で母親に当たり散らす。折しも、神戸で“酒鬼薔薇”が逮捕される。
売春、下着販売、家庭内暴力、覚醒剤、強姦、恐喝、いじめ、暴力沙汰、よくもまあこれだけ盛り込んだものだと思うほど。
なんとも《痛々しい》小説である。
主役の菜々、そして雅也はもちろんのこと、菜々の母親耀子、その恋人で雑誌編集者でときどき菜々の家に泊まっていく(半同棲か)滝田、バツイチ滝田の娘しおり、菜々の学校友達、特に怪しい中年中川になつく桃子、そして教師たち。典型的家庭省みない仕事中毒な雅也の父、ひたすら耐えて(=なにも考えずに)家庭を維持しようとする雅也の母。ひたすら女の子とヤることしか考えていない少年たち、そして中年たち。
出てくる連中ほとんどすべてが“愚か”。愚かすぎて痛々しい。救いようもないやつらばかりで、どうしようもない。どうしてここまでアホでいられるのか不思議でならない。いま現在、はたして女子高生がどれくらい援助交際をして覚醒剤をやっているのか、知りようもないが、案外この小説からそう遠くないのかもしれない。特殊な例を寄せ集めた小説だという考え方もできるが、さて、ほんとうのところはどうなのか、すでに中年のわたしにはわからない。カタルシスがなく、ひたすら痛々しさのみが残った。もうちょっと頭をつかえ、若者たち、そして大人たち。
★★★★☆(2000.11.14 黒犬)
角川書店 1800円
1999.4.30初版。主人公は北大に通う新聞記者志望の学生・俊介21歳と、ラーメン屋の後妻・裕里子33歳。ひとまわり違うこのふたりの不倫な恋愛の一部始終。
これはけっこうな掘り出し物だったです。甘々の恋愛もの、といってしまえばそれまでなんですが、それだけじゃないと個人的には思いました。
結論は、出ている。最初のページを見れば、どうなるかは(だいたい)わかる。いきなり「失踪宣告申立書」ですもん。でも、最後のページまで読んで、はじめて、最初のページの意味が、ぐさっと来るというこの(作者が意図していたかどうかは別にして)衝撃。
タイトルの「湾岸」は、むろん湾岸道路の湾岸ですけど、同時に湾岸戦争の湾岸でもあり、主人公が「がんばれフセイン」とつぶやかずにはおれないその状況にも心うたれるものがあります。
一気読みでした。
★★★★☆(2000.4.3 黒犬)
last updated : 2004/11/20
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