村上春樹(むらかみ・はるき)


【長篇】
海辺のカフカ(上・下)
スプートニクの恋人

【短篇集】
神の子どもたちはみな踊る

【エッセイ・NF】
村上ラヂオ
Sydney!
もし僕らのことばがウィスキーであったなら



海辺のカフカ(上・下)  4-10-353413-3 4-10-353414-1
新潮社 上・下各1600円


 2002.9.10初版。15歳の誕生日、少年は家を出た。ネコ探しの老人ナカタさんも、西へと向かう。暴力と喪失の影を抜け、世界と世界が結びあうはずの場所を求めて。
 村上春樹の長篇書き下ろし最新作。長篇小説だと、この前は『スプートニクの恋人』(講談社)になるのかな。「四国の話らしい」「石の話らしい」という、ちっちゃい新聞広告いい。
「居合わせる」という言葉がある。多く語の意味を重ねて「たまたま居合わせた〜」などのように使われる。世の中は偶然に支配されている。たとえばあのとき、織田信長が本能寺で明智光秀に討たれなかったらとか、失恋したわたしがあなたの知らない人と二人で8時ちょうどのあずさ2号に乗ったからとか。そのとき、その場所に、たまたま居合わせた人たちは、それぞれ別の人生を生きていて、そしてたいていはそれぞれの目先のことに追われている。でも、その偶然の出会いが千載一遇のチャンスだったとしたら? 二度と戻らない旅に出た15歳の「僕」は、お仕着せの“運命”に逆らうことによって、望みのものを手に入れようとしたのかもしれない。
 生きて行くということはむつかしい。日々わき起こる小さな焦りや不安といったようなものを、束の間、忘れ去ることができる。こういう小説こそ娯楽に値するのだとわたしは思う。

▽「海辺のカフカ」期間限定サイト(……の跡。期間限定なだけあって、もうないです。)
 http://www.kafkaontheshore.com/top.html
▽そのかわりに、「波」2002年9月号掲載のインタビュー。
 http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/353414-1.html

★★★★★(2002.9.7 白犬)


スプートニクの恋人  4-06-209657-9
講談社 1600円


 出ました村上春樹ひさびさの書き下ろし。99年4月刊。
 くやしいがうまい。どうしたって引っ張り込まれてしまう。たいした話じゃないんだけどねー、軽く書いてみましたって感じなんだけどねー、きっとうけるんだろうし売れるんだろうなあ。
 それはいいんだけどさ。まんまと村上春樹の術中にはまり、どんどん引き込まれ、適度にはらはらさせられ、結末はこの人にしては甘めかなとも思いましたが少しうれしくなり(昔だったら絶対最終章はなかったと思うねオレは)、適度な物足りなさ(もうおしまい?)を感じてしまい……という具合。
 それにしても、毎度のことながら若いくせに老成しているよなあ、この人の作品中の語り手(今回は25歳だかの小学校教師)。(講談社文庫版あり。)

★★★☆(1999.5.24 黒犬)


神の子どもたちはみな踊る  4-10-353411-7
新潮社 1300円


 2000.2.25初版。ソフトカバーの、全体的に“長体がかっている”本です。短篇集。モチーフは阪神大震災。それの、すこしだけ後日。妻に逃げられてひとりで釧路にいく男とか茨城で焚き火をする男とかタイで不思議な経験をする女とか「かえるくん」といっしょに東京大震災を防ぐためにたたかう男とか、とにかくまあそういう雑多な短篇が六本。どうということのない話なんだが、やはりうまい。お気に入りは書き下ろしの「蜂蜜パイ」。(新潮文庫版あり。)

★★★★(2000.4.8 黒犬)


村上ラヂオ  4-8387-1314-2
マガジンハウス 1238円


 2001.6.8初版。村上春樹のエッセイ集。雑誌「anan」2000.3〜2001.3に掲載された同名の連載から抜粋、加筆修正50本と大橋歩の銅版画101点のコラボレーション。おしゃれな本です。
 相変わらず食べ物の話いい。食いしん坊なんでしょうね。そんな中からひとつ。

 僕は関西で生まれて育ったので、ちらし寿司といえばすなわち、総理大臣がなんと言おうと、アナン国連事務総長がなんと言おうと、寿司ご飯の中にいろんな具が細かく切って混ぜてあるカラフルなお寿司のことです。(中略)ところが東京にやって来てある日鮨屋で「ちらし」を注文したら、寿司飯の上に刺身やらいろんな具がただずらずらと並べられたものが運ばれてきたので、すごくびっくりしてしまった。(「人はなぜちらし寿司を愛するか」p.126より)

 わたしも西のほうで生まれて育ったが、鮨屋のちらしはそういうものだと思っていたので、とくに驚かなかったけど、たとえば東京の人は、家で雛祭りなんかのときにつくるちらし寿司も鮨屋スタイルなんだろうか。加えて「ばら寿司」とちらし寿司は違うものなのだろうか。「ばらちらし」というのも見たことあるぞ。詳しい人、教えて下さい。

★★★(2001.6.22 白犬)


Sydney! [シドニー!]  4-16-356940-5
文藝春秋 1619円


 2001.1.20初版。村上春樹の極私的オリンピック、シドニーの23日間。オリンピック・ゲームそのものの話より、それ以外、たとえば毎日の食事の記録なんかが楽しい。

 ハムチーズのトースト・サンドイッチとコーヒーで五ドル三十セント。コーヒーは濃くておいしい。(中略)まず「ブラックかホワイトか」と尋ねられる。ブラックというのは普通の黒いコーヒー、ホワイトはカプチーノ。「ブラックで」というと「ロングかショートか」と尋ねられる。(中略)普通のコーヒーが飲みたかったら「ブラックのロング」と注文すればい い。しかしなんか変だね。コーヒーには思えない。レギュラー・コーヒーをと言っても「はあ?」という感じで話が通じない。(p.76)

 たいして期待もせずに目についたカフェに入って、適当に食事をする。でも意外に美味しい。僕は「焼いたベビー・オクトパス、蒸し野菜添え 」と「鮭と新鮮野菜のサラダ」を注文したのだが、タコはすごくうまかった。(中略)タコが六百円くらい。鮭が千円くらい。量はたっぷりとある。(p.181)

 トイレにはコンドームの自動販売機がある。二種類あって、ひとつは「サヴェージ・ブリス(野性の至福)」、もうひとつは「ビキニ」。(中略)僕は「サヴェージ・ブリス」というネーミングに惹かれたが、もちろん買わない。しかし自動販売機が小便器のちょうど目の前に設置されているのには驚いた。オジーたちは、小便しながらコンドームを買うのだろうか?(p.182)

 オリンピックは「とても退屈だった」そうで、「だからこの先、わざわざ自分で金を出してオリンピック・ゲームを見に行くことなんて、二度とあるまい(p348)だって。わかってよかったですね。

★★★(2001.2.3 白犬)


もし僕らのことばがウィスキーであったなら  4-582-82941-4
写真・村上陽子 平凡社 1400円


 1999.12.15初版。たまにいくバーがある。Sという老バーテンダーがひとりでやっている店だ。年齢不詳だが進駐軍のボーイをやっていたということからも、けっこうな歳であることがわかる。わたしはここではじめて、シングルモルトを同量の水で割って飲む《twice up》というやつを学んだ。独特の形のふた付きグラスを揺らすと、ウィスキーが、まるでブランデーかなにかのような香りをもち、やわらかいのどごしを与えてくれるのである。
 さて、村上春樹の本。さいきんご無沙汰だったが、つい手に取ってしまったのはやはり「ウィスキー」に惹かれてのことだ。わずか128ページ。ぜいたくな造り、ゆったりした組み、ふんだんに使われているカラー写真(撮影は村上夫人)。村上春樹ならでは、といってもいいだろう。
 97年、サントリーが出しているPR誌「サントリー・クォータリー」に2回にわたって掲載された、ウィスキーのふるさと――アイラ島とアイルランド――を訪ねる紀行文をまとめたものである。数週間かけて、のんびりと旅をするなんて、この人じゃなきゃ許されないだろうなあ、と幾分か羨望しつつ、こちらは30分ほどで彼の足跡を追体験する。いつか、ウィスキーの蒸留所を訪ね、パブで飲み比べをして、牧羊犬の活躍ぶりを遠くから眺めるような旅をしてみたいものだが……いつになることやら。(新潮文庫版あり。)

★★★(1999.12.7 黒犬)

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last updated : 2003/3/24
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