桐野夏生(きりの・なつお)


【長篇】
I'm sorry, mama. アイムソーリーママ
グロテスク
玉蘭
光源
柔らかな頬

【短篇集】
ジオラマ
錆びる心

【エッセイ・NF】



I'm sorry, mama. アイムソーリーママ  4-08-774729-8
集英社 1400


 結婚二十周年を迎えた夫婦が原因不明の火事で焼死する。妻は元保育士。夫はかつて妻が勤めていた児童福祉施設で暮らす身寄りのない子供たちの一人で、二人の間には二十五歳もの年の差があった。死の当日、二人は結婚記念日を祝うために訪れた焼肉店で、偶然にも施設で一緒だった松島アイ子に再会していた。誰とも知れない娼婦に産み落とされ、戸籍もないまま児童福祉施設に引き取られたアイ子。表情の乏しい、下がり目をしたやせっぽちの女の子は、狡猾で残虐な悪魔と化していた。
『残虐記』で第17回柴田錬三郎賞を受賞した桐野夏生の受賞第一作。「小説すばる」2003年5月号〜2004年5月号に掲載された作品をもとに加筆・修正。
 いとも簡単に人を騙したり殺したりする怪物じみた女を描いた作品だが、いまいち物足りない。生い立ちの不幸さだけで引っ張りすぎではないのか。あと、いくら栄養不足だったからといって、十三歳で小学校に入って誤魔化しおおせたというのは、ちと無理がすぎぬか。登場人物の異様さや殺害方法の陰惨さだけで読まされたように思える。だから読めなくはないわけですが。

▽ここで試し読みができるよ!
 http://www.shueisha.co.jp/kirino/

★★★☆(2004.11.30 白犬)


グロテスク  4-16-321950-1
文藝春秋 1905円


 2003.6.30初版。初出「週刊文春」2001年2/1号〜2002年9/12号。
 タイトル通り“グロテスク”そのもの。語り手はスイス人の父と日本人の母をもつ〈わたし〉。彼女のひとつ歳下の妹ユリコは、〈わたし〉にはまったく似ていず、気味が悪いほどの美貌を持っている。〈わたし〉にしてみれば妹も両親もグロテスクこの上ない。両親と妹はスイスに帰国するが、〈わたし〉は日本にとどまることを主張し、祖父(これまたグロテスク)のもとに身を寄せ名門Q女子高校に入学する。Q女子高での同級生和恵もまたグロテスクで滑稽かつ醜悪な要望と性格をしている(その父親も)。実母はスイスでノイローゼになり自殺してしまい、ユリコはひとり日本へ帰ってきてしまう。ユリコを可愛がるアメリカ人夫妻(妻は日本人)も、〈わたし〉の友人の母親も、グロテスクだ。ほとんどの人物がグロテスクだといってもいいくらい。グロテスク星からグロテスク星人が移住してきた、って感じ。
 東電OL殺人事件を下敷きにした――つまり一流企業会社員が街娼をしていたという点では――作品だが、現実の事件とどこまで合致しているのかはわからない。作者の想像だけで組み立てられた物語なのだが、どこかリアルでそれゆえ気持ち悪い。
 みな、狂気のなかで生きてそして死んでいく。語り手〈わたし〉も例外ではない。こんなにキモチワルイ物語は久しぶりに読んだ。強烈で、打ちのめされる力作である。
 読むのなら体力(肉体的にも精神的にも)のあるときに。

★★★★(2003.9.25 黒犬)


ジオラマ  4-10-130631-1
新潮社/新潮文庫 438円


 2001.10.1初版。親本は1998年11月刊。「小説新潮」その他に掲載された短篇9本。
 ミステリーというよりちょっとホラー系か。けっこうよかったです。こういうのも書けるのね。
 ただ、巻末の自作解説あとがきは、ちょっとなあ。もっと歳とってからでいいと思いますよ、ああいうことするの。

★★★☆(2001.11.21 黒犬)


 桐野夏生の短編集。初出『小説新潮』ほか。
「デッドガール」デッドガール。
「六月の花嫁」結婚からカミングアウトまで。
「蜘蛛の巣」桐野女史15枚の挑戦。
「井戸川さんについて」ストーカー。
「捩れた天国」カール・シリーズ第一作。
「黒い犬」カール29歳。
「蛇つかい」15枚の挑戦第2弾。
「ジオラマ」リストラ。
「夜の砂」6枚の挑戦。老女の性。
 リストラされた男が同じマンションの真下の部屋に住む女にのめり込んで行く「ジオラマ」すごくいい。ツーリストガイドのカール・シリーズ次作期待。

★★★☆(2001.10.7 白犬)


玉蘭  4-02-257583-2
朝日新聞社 1800円


 たまらん、じゃなくてぎょくらん。「小説トリッパー」99年春季号から00年夏季号連載に加筆。「あんなに抱き合ったのに、肝心な話はしてなかった」この惹句うまいと思います。
 仕事も恋愛も、すべてを捨てて上海に語学留学した有子のもとに若き日の大伯父が幽霊となって会いに来る。70年前、戦時下の上海で大伯父はひとりの女を愛した。時の流れを越え、飢えた魂の孤独を抱えながら生きる男と女。交差する二つの恋愛の果てに何があるのか。
 相変わらず語学留学は挫折者の受け皿かいと苛々する設定だが、その甲斐あってか上海の留学生楼での主に男女関係のぐちゃぐちゃは面白く読めた。しかし、主人公・有子の生活とその心のうつろいと、幽霊となって現れる大伯父の昔話が、ただ交互に並べただけという感じで、しまいには騙されたような気分にすらなる。巻末に引用の旨が記されているが、有子が愛読(?)している大伯父の日記というのが有り物のせいなのかも知れない。桐野作品にしてはすかすか感漂う一冊。

★★☆(2001.5.24 白犬)


 2001.3.1初版。初出「小説トリッパー」99年春季号から00年夏季号。7章構成。
 うーむ、なんか期待はずれ。現代に生きる有子は男と別れ、職も捨てて上海に留学する。留学生仲間たちは、どうにもさえない連中ばかり。寮の一室で出会った幽霊(?)は、行方不明になった船乗りの大伯父、質(ただし)。で、戦時中の上海の話になるのかというと、また現代に戻ったり、幻想と現実がごっちゃになったり、どうも意図するところがよくわからない。
 広野有子という女を主人公にした恋愛小説を狙ったのかなあ。ぜんぜん共感できないけど。地方出身者でいつも競争してきてあげくに海外に脱出、男に翻弄されるのがいやなくせに、結局そこ――男との関係のなか――でしか落ち着けない。彼女が馬鹿にするOL留学と、やってることはかわらないじゃんか、ってなもんです。
 いっぽう肺病病みの女を抱えることになった船乗り質の話はというと、これもどうもぼんやりしていて面白みがない。

★★☆(2001.5.1 黒犬)


錆びる心  4-16-760203-2
文藝春秋/文春文庫 448円


 初出「オール讀物」「小説現代」「小説すばる」計6本。表題作はオール掲載の『ハウスワイフ』改題。
「虫卵の配列」劇作家にファンレターを送り続ける生物教師を描く。タイトルだけでわたしは恐い。
「羊歯の庭」画家になりたい書店経営者のよろめき。女は忘れない。
「ジェイソン」酒を飲んだ翌朝、目が覚めたら妻がいなかった。同席していた友人は言葉を濁す。俺はいったい何をしたんだ。あすは我が身。
「月下の楽園」廃園フェチ。
「ネオン」任侠かぶれのチンピラ。ユーモアあふれる異色作。
「錆びる心」十年の忍従生活に見切りをつけた主婦。家出するなら夫の誕生日と決めていた。
 家出のシーンすばらしい。全国の主婦を唸らせるにちがいない。

 植え込みの前で四十代の女が数人、絹子が出て来るのを待っていた。皆、この十年で親しくなった近所の主婦たちである。
「ほんとに行くのね。落ち着いたら電話ちょうだいよ」
「するわ。でも、主人から何か聞かれても言わないでよ」絹子は念を押した。
「絶対言わないわよ」(P202)

 こういう細かいところにね、シビれるわけです。

★★★★(2000.11.29 白犬)


 2000.11.10初版。親本は97年11月刊。「オール讀物」他に書かれた短編6本収録。執筆は94年から97年。
 どこかネジがはずれたような男女のものがたり。
 よく書けているとは思うが、いずれもどこかで聞いたことのあるような話だなあ。インパクトが足りないというか。短編という制約上しかたないのか。

★★☆(2000.11.24 黒犬)


光源(こうげん)  4-16-319480-0
文藝春秋 1619円


 直木賞受賞後長編第一作。「オール讀物」連載加筆訂正。
 独立プロ系の撮影監督有村のところへ、かつての恋人玉置優子から映画の仕事が舞い込む。脚本・監督は聞いたこともない新人、地味な作品、しかも低予算。優子は自宅マンションを抵当に入れたという。どうしてそんな冒険をするのか。制作者、監督、カメラマン、俳優――それぞれの人生、思惑、プライドが織りなす光と影。
 映画づくりの過程や、携わる人々の力関係など、とても興味深く読んだ。知らない世界のことでありながら、そうだろうな、と納得したり、また現場にいるかのことくいらいらさせられもする。お見事としか言いようがない。アイドル出身の主演女優、主演男優のマネージャーいい。おすすめ。

★★★★(2000.10.10 白犬)


柔らかな頬  4-06-207919-4
講談社 1800円


 7月中旬に選考会のある、今度の直木賞候補作。なかなか読みごたえがある。
 北海道の田舎町から十八で家出、その後まったく実家とは連絡をとらずに生きてきたカスミという主人公。東京で就職、結婚し、子供ももうけたのだが、不倫。不倫相手の家族とともに、彼の持つ北海道支笏湖にちかい別荘へいって、カスミの長女が行方不明になってしまう。それから四年がたって……という話。
 ぐいぐい読ませる。評判になった前作『OUT』よりずいぶんと巧くなっていると感じた。カスミ、夫、不倫相手とその妻、後半に登場する死期間近の元刑事、別荘地の管理人などなど、登場人物の描き方も、彼らをとりまくどんよりした空気もリアリティがある。
 ただ、結末については、おさまりが悪く唐突。むろんこういう終わり方があってもいいとは思うが、私としては不満が残った。それを差し引いてもかなりの力作であるといえよう。

★★★★(1999.7.2 黒犬)

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last updated : 2004/12/31
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