岩井志麻子(いわい・しまこ)
【長篇】
●偽偽満州(ウェイウェイマンジョウ)
女學校
楽園
チャイ・コイ
黒焦げ美人
自由戀愛
邪悪な花鳥風月
夜啼きの森
【短篇集】
がふいしんぢゅう 合意情死
魔羅節
岡山女
ぼっけえ、きょうてえ
【エッセイ等】
志麻子のしびれフグ日記
猥談
東京のオカヤマ人
集英社 1300円
2004.2.29初版。初出「小説すばる」2003年1月号から隔月掲載で11月号まで。
史実のピストル強盗《ピス健》こと森神健次、本名中西性次郎は大正14年12月に逮捕され、翌年には処刑された。
本書には《ピス完》こと石神完次という人物が登場する。舞台は昭和7年だから、ピス健をモデルにした人物を時代をかえて出したということなのだろう。
しかし主人公はピス完ではない。岡山の女郎小鈴である。小鈴の本名は君嶋稲子。売りとばされて、ではなく、じぶんから遊廓に身を投じた女だ。いいとこのお嬢様だったと自称するが、実家は横浜の商家であったり九州の炭坑主であったり姫路の豪農であったり、ようするに嘘八百で渡り歩いているのだった。
そんな美貌の女郎が、世間を騒がす強盗《ピス完》の面影のある中西正太郎を客にとり床惚れするところから始まるふたりの逃避行――。
やはり岩井志麻子は現代ものより明治・大正・昭和初期、ですな。ピス健を持ってきたのはやりすぎのような気もしないでもないが、ねっとりとした淫猥な空気は異国の空気とまざりあい、なんともいえない雰囲気をつくりあげている。
光文社 1200円
「小説宝石」連載の同題エッセイ2002.1月号〜12月号。ギョウカイ騒然! 新宿歌舞伎町在住ホラー作家の怪しくもおかしい日常がすべてこの1冊に。ビリビリ痺れる抱腹・激辛エッセイ。
「週刊新潮」(02.10.24号)の「結婚」のページで、担当編集者とのツーショットを見たときはすごい冗談だと感心したものだが、本当に結婚したのね。毎号のおしまいに「今月の担当ジミーちゃん」というコーナーがあるが、そう思って読むと「愛」を感じなくもない。そんな結婚のことや作品執筆の裏話など、ファンには嬉しい一冊。
2003.4.20初版。初出「小説宝石」02年1月号〜12月号。
おもいっきり下品で、おもいっきりあけっぴろげ。「ギョウカイ、必読の書!」って帯にはあるが、ギョウカイの人しか楽しめない内輪受けの雰囲気が駄目なところか。それでもまあ文章で楽しめるけどね。ファンならぜひ、そうでないなら別に読まなくても。
マガジンハウス 1400円
2003.2.20初版。初出「鳩よ!」2002.1〜5、「ウフ.」2002.7〜11。
西洋式の居間で紅茶をのみながら語り合う月絵と花代子。過去に通っていた女学校に思いを馳せる二人。清楚な檻にも似た学舎。儚い夢、意地悪の棘。わたくしを恐怖に陥れる幾つもの陰――目の前の赤い唇が告げる真実に身を捧げた美しくも残酷なゴシック・ロマン小説。
二人の女の会話と少しの情景描写からなるお話。卓上ゴシック・ロマン小説とでもいうか。好きな人はすごく好きだと思うが、ふだん野太い話ばかり読んでいる身にはつらい。たとえばこんなかんじ。
「では、どこか淫靡な手擦れのした、まだ女学生には早い婦人雑誌のペエジには花弁のように倦れ、口ずさむ流行歌は俗悪なのに繊細なヴァイオリンの伴奏が似合い、長い廊下の壁にはきっぱりと猥褻な天使の絵が掲げられている。あの日々もまた、泡沫の夢、儚い虚しい夢幻だというのね」(p20)
ええっと、いえあのその、そのようね。耽美派少女向き。
朝日新聞社 1200円
2002.12.30初版。私生活から小説まで、男と女が組んず解れつ、包み隠さず語り尽くす。人生枯れては面白からず、艶美あふれる岩井志麻子の処女対談集。初出「小説トリッパー」。お相手は野坂昭如、花村萬月、久世光彦。花村と久世の回を「小説トリッパー」2002年秋季号で読み、これはすごい! と思っていたら、未読の野坂昭如がいちばんすごかった。「猥談」もここまで語り尽くされると、かえって健康的に感じられる。野坂先生のヤギの話には爆笑。1200円はお買い得。
「小説トリッパー」掲載の対談集。vs野坂昭如、vs花村萬月、vs久世光彦の3本。
対野坂、対花村の身も蓋もない馬鹿話がよい。対久世のは久世が媚びている感じがしてイヤ。岩井志麻子もノってないし。なので二勝一敗。
しかしこれをよく朝日で出しましたな。懐の深さを示したつもりか朝日よ。
2003.1.10初版。岩井志麻子の文庫書き下ろし官能ホラー。ホーチミンを訪れた「私」は夏の国の男に出会う。名前も素性も知らぬまま、享楽的なセックスにふける二人。床惚れ――それは男と女が墜ちるもっとも苦しい地獄と天国。
『チャイ・コイ』(中央公論新社刊)のモチーフままといったような内容だが、こちらはホラー仕立て。女性作家の性描写って、気恥ずかしくなるようなものが多いが(なんでだろう?)、いやはやたいしたものでござる。堂に入っててすばらしい。ホラー作品としてもおもしろく読めた。お買い得。
タイトル「チャイ・コイ」はベトナム南部の言葉で「果物」の意。愛の言葉も未来の約束もいらない――サイゴン川のほとりで、ホテルの部屋で、つかの間溺れた性愛の物語。
完全に参りました。いや、冗談じゃなくて。岩井志麻子はすごいよ。以下、本作についてのインタビュー記事より。
この作品で確実に伝わると思うのは、女だって、男の体目当てに近づくこともあるってこと。女もオッサンなんですよ。だって、あたしがそうでしたから。性愛描写は、とにかく自分でエロいなあと感じるままを書きました。ズバリ、女のおかずになればいいと思っています。(週刊現代 02.6.22号 現代ライブラリー「書いたのは私です」より)
なるほど、「確実に伝わる」のはそういうところかもしれない。だが、これをエロ小説と言い切ってしまうには無理がある。たとえば語り手の女性作家を男性作家に、相手をウェイターからウェートレスに置き換えてみれば、たいした話ではない。ともかく読んでみるがよい。
2002.5.31初版。書き下ろし作品。ずいぶん前に読んでいたけど、感想書くのを忘れていた。チャイ・コイとはベトナム南部の言葉で「果物」の意味だそうです。
女流作家がベトナムに行って、レストランのボーイに惹かれて、ホテルでセックスしまくるという話。
身も蓋もありませんね。でもなあ、そうなんだから仕方がない。女性向けの官能小説だと著者は豪語していた、と思う。どっかで読んだような気がする。あ、ちがった、“女のおかず”でしたか。
さて、しかしこれはどう評価したものか。私が男だからなのか“おかず”としてはそれほど。むしろ身も蓋もない“女”側の理屈というのが面白かったのだが、それとて「小説TRIPPER」の花村萬月との対談のほうが面白いのである。これが小説ではなく、エッセイというかノンフィクションというかルポルタージュであったなら、もっと真実味があってむしろ小説っぽかったかもしれないと思ったりもした。いずれにしても、ここまであけすけに書けるということはすごいのか。まさかそんな、と読む側はフィクションがまざっていること前提にしてしまうのだが、現実のほうがもっと下世話なわけで、それをフィクションというオブラートに包んでしまうときれいっぽくなってしまう。露悪のように見えて、実はそうでもないということか。
2002.9.30初版。初出「別冊文藝春秋」2002.1〜7。妾稼業の美しい姉の家には、岡山の遊び人たちが集まってくる。でもある日、姉は殺された。全身を黒焦げに焼かれて――大正初年の岡山で実際に起こった事件をもとに描く、岩井版『冷血』。
表題いい。インパクト強し。『魔羅節』には負けるけど。
妹の視点から描かれる姉の死。美人というだけで妾のそしりを免れている姉。その旦那の援助で口を糊する親。姉の家に通う男たち。下品きわまりない新聞記者。もっともよく描けていたのは、妾稼業の娘のおかげで暮らす親の卑屈さだったような気がする。肝心の殺人犯に関しては、津山三十人殺しの『夜啼きの森』のほうが上だろう。せっかくの題材を「手紙落ち」では安直すぎる。次作期待。
2002.4.30初版。初出「KADOKAWAミステリ」。新聞記者、小学校教員、劇団座長、巡査、看守。思惑と欲望うずまく小市民たちの葛藤を描く岩井志麻子の短編集。
「はでつくり 華美粉飾」駆け出し新聞記者、遊郭での心中未遂事件を追う。
「がふいしんぢゅう 合意情死」カフェー・オカヤマで出会った女と友は…。
「シネマトグラフ 自動幻画」物語がなけりゃあ、作りゃあええんじゃ。
「みまはり 巡行線路」熊とあだ名される巡査。下宿の女の正体は。
「いろよきへんじ 有情答語」看守と女囚。
ぜんぶ岡山でございます。孤児院出身の看守と、女囚の交流を描いた、「いろよきへんじ 有情答語」いい。あとはぼつぼつですらあ。
岩井志麻子の大正時代の東京を舞台にした長篇。いいところの奥さんに収まった主人公明子が、ふと同情をかけたことから元同級生に夫を奪われ正妻の立場すらなくしてしまう……という、よくある話。
舞台を大正にもってきたのだから文章・語彙等をそっち系でまとめてくれればよかったのだが、ちと詰めが甘いかという印象。
もっとどろどろしたものを見せてくれるかと思えば、さほどでもなく、全体に、ぬるい。
どうにも、女の怖さが足りないような気が。とすると岩井志麻子の「売り」がなくなるじゃないかと。そんな不完全燃焼感が残った。
2002.3.7初版。初出「婦人公論」2001.6.22〜12.7。岩井志麻子の大正モダニズム。ただし舞台は東京。
有名女学校を卒業した明子と清子。会社経営者の次男坊と結婚し、裕福で満ち足りた生活を送る美しく天真爛漫な明子は、かつてのクラスメート清子の不幸な噂を耳にする。持ち前の屈託のなさから、さっそく夫の勤める会社への就職をすすめに来た明子に、清子は苛立ちを感じる。その心に巣くったものは。
明子のような困った万年お嬢ちゃんは、いまでもいるものだ。ぬくぬくと保護された高みから、ばかな思いつきを繰り出して人を振り回す。そんな女がじわじわと追いつめられて行く様は、同じ女として愉快である。痛快といってもいい。そういうところが岩井志麻子の底力だ。しかしながら、このあっさり感はなんだ。大正の東京を描くことに労力を吸い取られたか。『邪悪な花鳥風月』よりはずっといいが、『魔羅節』にはとうてい及ばず。次作期待。
2002.1.20初版。「小説新潮」掲載のホラー短編集。
目次を見てぶっとびました。
「乞食柱(ほいとばしら)」「魔羅節」「きちがい日和」「おめこ電球」「金玉娘」「支那艶情」「淫売監獄」「片輪車」と全八篇。よくぞ、出した。
内容はというと、『ぼっけえ〜』の路線に戻ったような、岡山・明治・貧乏・淫猥路線。やはりこの路線が、作者には合っているようだ。まとめて読むと、トーンが似ていてインパクトが薄れるかもしれない。一日一篇ぐらいでちょうどいいか(いや、こんなの一週間かけて読むのはいやだな)。
2002.1.20初版。岩井志麻子の傑作作品集。津山三十人殺し『夜啼きの森』でずっこけて、『邪悪な花鳥風月』でうんざりしているところへ出ました出ました。「乞食柱」「魔羅節」「きちがい日和」「おめこ電球」「金玉娘」「支那艶情」「淫売監獄」「片輪車」。幼いころに雨乞いの生贄にされた“男仲居”の兄千吉と、妹ハルの貧しい生活と心象風景を綴った表題作「魔羅節」いい。この人、何かに「わしゃ岡山と貧乏しか書けんのじゃ」と書いていたが、嘘じゃなかったよ。「短編」もぜひ付け加えてください。
2001.8.10初版。「ぼっけえきょうてえ」岩井志麻子の連作短編。初出「小説すばる」4編+書き下ろし。
都内のウィークリーマンションに滞在する女性作家が、眼下に見えるアパートの住人たちに感情移入。憎悪と死の予感に満ちた怪しい妄想がわいてきて――。
現代が舞台の作品を初めて読んだせいか、しばらく乗れないで困ったが、あとは一気呵成。だんだんよくなる法華のナントカ、第四章「黒い風の虎落笛」いい。『夜啼きの森』より面白い。
2001.6.30初版。津山三十人殺し。昭和13年、岡山県の寒村で起こった犯罪史上類を見ない大量殺人。凶行へと向かう殺人者の軌跡を描く著者初の長編。
ああどうしよう。これは眠い。期待していただけに残念。横溝『八つ墓村』には及ばずか。次作期待。
2000.11.30初版。ホラー大賞&山本周五郎賞受賞第一作。ってこれが二冊目なんですが。「KADOKAWAミステリ」に99年から2000年にかけて掲載された連作短篇6本をまとめたもの。
妾をやっていたタミエは、商売に失敗して逆上した旦那に斬りつけられ、左目を失ってしまう。旦那のほうは自害して果てる。当然行くあてもなく一家三人(両親が娘に妾をやらせて養ってもらっていたのだ)路頭に迷うのだが、よくしたもので(よくないか)タミエは失った左目で死霊生き霊あれこれ見ることができるようになってしまった。しかたがないので霊媒師として商売をはじめたタミエなのであった。で、そこに相談に来る人々と彼らにとりついた霊を見て、解決(になってないのもあるが)するわけです。霊媒探偵っていうのか(いわない)。
主人公がおなじなので、まとまりがあります。こわさは……さほどでもない。『ぼっけえ、きょうてえ』と比べると、とっちらかってないです。当たり前か。前のは純然たる短篇集だもんね。完成度は高いが、衝撃度は低い、ってところかな。
『ぼっけえ、きょうてえ』岩井志麻子の日本ホラー小説大賞+山本周五郎賞受賞第一作。初出「KADOKAWAミステリ」連作短編集。隻眼の女霊媒師タミエと、彼女のもとを訪れる客たちの物語。
「岡山バルチス」仲の良さから双子のようだと評判の由子と利子。ふたりは同じ夢を見るようになり――霊媒師vs催眠術師。
「岡山清涼珈琲液」明治42年夏、岡山一のハイカラは“清涼珈琲液”だった。悲しき婿養子。
「岡山美人絵葉書」美人写真の手彩色をする男。ずいぶん前に見た写真の女が忘れられない。その女とは。
「岡山ステン所」箪笥長持ち質屋に入れて乗ってみたいぞ陸蒸気。
「岡山ハイカラ勧商場」ある男だけに見える死んだはずのカフェーの女。洋品店の試着所に現れる足のない女。次々と訪ねて来る勧商場に縁する者。魔の場所。
「岡山ハレー彗星奇譚」凶星の女は悪い星のもとにまた現れる。
「このミス2001」で“岩井志麻子ホラーといえば、明治・岡山・貧乏。「またかい」「それしか書けんのか」と突っ込まれるのは百も承知。「またまたじゃ! わしゃ、これしか書けんのじゃ!」と威張らせてもらいます”と本人が言っている。あはは。確かにこれだけ続くとちと眠くなってしまうが、お馴染み的楽しさはある。
1999.10.30初版。第6回日本ホラー小説大賞受賞作。
「ぼっけえ、きょうてえ」「密告函」「あまぞわい」「依って件の如し」。
「ぼっけえ、きょうてえ」:岡山の女郎が客に語る、おぞましい田舎の風景。
「密告函」:コレラ流行の村に設置された、“病人のいる家を密告させるための”投書箱を管理し、密告された家を訪ねるという役目をおしつけられた、若い役場の職員。
「あまぞわい」:瀬戸内の漁村につたわる“あまぞわい”の伝説。
「依って件の〜」:“件(くだん)”を母に持つ兄妹の話。
というような、受賞作と書き下ろし3本の収められた短編集。いずれも明治ごろの岡山地方を舞台にしている怪談集だ。「密告函」がいちばん怖かった、が、それは現代人としての怖さ(田舎の閉鎖性とか)だったかもしれない。けっこう現代的な怖さだと思う。
受賞作は、全編モノローグなのですべて方言で語られており、その他の物語にも会話には方言が多用されている。が、どこか違和感というか、ひっかかる感じがしてならなかった。方言がわからないということではない。むしろ逆に、方言以外の単語にひっかかりをおぼえてしまった。はたして明治時代の、ろくに学校に行っていないような女郎が使うだろうかというような熟語が出てきたりするところに。
読む側にとっては、正確に理解できなくても、雰囲気はわかるんだから、全編方言で押し通してほしかった気がする。著者の年齢からするとこれがぎりぎりだったのか、あるいは公募の賞に出す(=他者に理解されるのが大前提)ということの限界だったのか。短編にしては力はあるが、そういった「ととのえかた」が惜しいと思った。
人気ホラー作家が故郷岡山への愛憎とともにつづった現代の“百物語”14話。
タイトルが「パリのアメリカ人」みたいで洒落ているのにだまされた。こういうのこそ露悪趣味というのだ。小遣い稼ぎがしたければ、岡山で講演活動でもしたらどうだ。取り柄といえば、「わたしは無頼よ」と言って無頼をしているアホな女作家(漫画家)よりはましということくらいである。ある種のファン向け。
2001.10.20初版。初出「小説現代」2000年4月号から2001年9月号あたり(最初のほうは隔月掲載)。エッセイというか法螺話というかホラー話というか、が全14篇。
売れっ子になった著者にまとわりつくストーカーもどきな人間のこわい話とか、なんなんだかなあこの人はいったいというバカ話まで。小説にしようと思えばできないことはない、もったいなーい、でも考えてみれば作り話かもしれん(いや、かなりの部分そうに違いない)、と、なんだか落ち着かない。気楽に読むにはいいかも。でもまあ、小説にがんばってほしいですな。
last updated : 2004/04/02
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