ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri)

【長篇】
その名にちなんで

【短篇集】
停電の夜に

【エッセイ・NF】





その名にちなんで
The Namesake  4-10-590040-4
小川高義・訳 新潮社/新潮社クレストブックス 2200円


 アメリカに渡ったカルカッタ出身のベンガル人夫婦に男の子が生まれる。アショケ・ガングリーは、若き日に死を免れたときに手にしていた本にちなんで、異国で生まれた息子をゴーゴリと名づける。成長したゴーゴリは、次第にじぶんの名を恥じるようになり、大学進学を機に改名。生家を離れた彼は、大学の寮でルームメイト2人に新しい名を告げる。
 描かれているのは1968年から2000年の32年間。風変わりな名前を持つ男の子の成長と生活を描いた作品だが、その親世代、つまり異国に渡ったベンガル人夫婦アショケとアシマの物語でもある。
 作中にABCD(=American-born confused deshi アメリカ生まれで、わけがわからなくなっているインド系の人間)という言葉が出てくる。母はサリーを着ていて晩ご飯はチキンカレーでも、ハンバーガーが好きでベンガル語より英語が得意なゴーゴリ少年。この無自覚なわからなさが、成長につれ、居心地のわるさにつながって行く。これは彼が二つの名を持つようになった複雑な事情と重なる。
 18歳の夏、改名の手続きで行った家庭裁判所で、理由を尋ねる裁判官にゴーゴリはついに言う。

「ゴーゴリという名前が嫌いなのです。ずっと嫌い続けていました」(p.124)

 移民の親と、その二世である子の二世代間で、それぞれが抱える思いや悩みは語られない。お互いの現実にのみ知るのである。このガングリー家の「察しの文化」ともいうべきたたずまいがとくに印象に残った。繊細だが、力強く、揺るぎない。
 デビュー短篇集『停電の夜に』でピュリツァー賞ほか文学賞を独占したラヒリ第2作にして初の長篇。おすすめ。
 ああ、それにしても、ラヒリの作品を読むと、インド料理屋に走って行って、熱々のタンドリーチキンにかぶりつきたくなるから困る。

★★★★★(2004.10.4 白犬)


停電の夜に
Interpreter Of Maladies  4-10-590019-6
小川高義・訳 新潮社/新潮社クレストブックス 1900円


 著者は「1967年ロンドン生まれ。両親はカルカッタ出身のベンガル人。幼少時に渡米。大学・大学院を経て、99年『病気の通訳』でO・ヘンリ賞受賞。同作収録のデビュー作『停電の夜に』でPEN/ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞ほかを独占。2000年には新人作家の短編集としてはきわめて異例ながらピュリツァー賞を受賞し、全米の注目を集める」という、ものすごいラッキーガール。ついでながらカバー写真を見るかぎりものすごい美人。はあ〜全9篇。
 アメリカという土地にインドの生活感を持ち込んだことで、まずは成功していると思う。表紙にインド料理の材料となるスパイスが並んでいるが、地味で平板な日常生活の描写に言語的な刺激を添えることで起伏を生んでいる。
 個人的には料理方面の記述が嬉しい。

 コリアンダーは粉末を小さじに一杯ではなく二杯だとか、レンズ豆は黄色ではなく赤いのを使うとか(中略)フェンネルを薬味にしたカリフラワー。一月一四日、アーモンドとスルタナぶどう添えのチキン(「停電の夜に」p.13)

 だって校長先生に嫁いだんだからね。バラの香りをつけた水でお米を炊いて、市長さんにも来てもらって、みんな鈴合金のフィンガーボウルを使ったもんだ(中略)マスタード風味のエビをバナナの葉につつんで蒸したんだ。おいしいものに出し惜しみはしなかった(「本物の門番」p.95)

 週末といえば、飛び入りのベンガル人で寮があふれ返ったこともある。青果店なり地下鉄なり、出くわしたところで名乗り合い知己になったのだ。そこで玉子カレーを増産し、グルンディヒ製のオープンリール・テープデッキでムケーシュの音楽を流し、使った皿は浴槽につけておいた。(「三度目で最後の大陸」p.229)

 どうですインド料理を食べたくなりませんか? 読後、わたしは新宿・伊勢丹の「ガンガ・パレス」でタンドーリチキンにかぶりついてしまった。
 9篇中2篇がインドだけを舞台とする話。他作に比べ寓話的な雰囲気がより強く感じられる。全体では、移民男性のアメリカでの生活と結婚を扱った「三度目で最後の大陸」いい。(新潮文庫版あり)

★★★(2001.4.10 白犬)

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last updated : 2004/12/10
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