マイクル・コナリー(Michael Connelly)

【長篇】
夜より暗き闇(上・下)
ザ・ポエット(上・下)
バッドラック・ムーン(上・下)
わが心臓の痛み(上・下)

【短篇集】

【エッセイ・NF】





夜より暗き闇(上・下)
A Darkness More Than Night  4-06-273793-0 4-06-273794-9
古沢嘉通・訳 講談社/講談社文庫 上下各952円


 2003.7.15初版。(C)2001年。あいかわらず分厚い用紙を使っている講談社文庫。『ザ・ポエット』は上下ともに400頁代、こちらは330〜340頁ぐらい。で、こっちのほうが断然厚い。厚すぎ。厚底・厚化粧の講談社文庫だな。
 ハリー・ボッシュとテリー・マッケイレブ、夢の競演、ってところですか。マカヴォイもちょっと出てくるが、まるっきりバカみたいで気の毒(笑)。
 引退したはずのマッケイレブは、ふるい知人に頼まれて捜査に協力してしまう。殺された男はハリー・ボッシュとつながりがあった。一方ボッシュは、有名映画監督を被告とする殺人事件の裁判で重要な証人をつとめていた。
 で、この二人がどう関わっていくかが(ファンにとっては)注目の的なんですが、まあ、なんといいますか、ちょっと安易なような気も。
もちろんコナリーだからはずれじゃないんだけど、二大スターを連れてきた割りには打ち上げた花火がしょぼかったか。いや、しょぼいというのも違うな。法廷劇と殺人捜査と暗黒ボッシュと、あれこれ詰め込まれていて興味が分散してしまったというべきかな。
 もちろん一気に読ませるストーリーテリングの達者さはいつも通りなわけですが。

★★★☆(2003.8.13 黒犬)


ザ・ポエット(上・下)
The Poet  4-594-02363-0 4-594-02364-9
古沢嘉通・訳 扶桑社/扶桑社ミステリー 上下各610円


 1997.10.30初版。原著は1996年。
 コナリーの、ボッシュ・シリーズとは別の一冊。舞台はデンヴァー。主人公は新聞記者マカヴォイ。自殺した双子の兄ショーンは警察官だった。兄の死を追ううちに、全米で殺人課刑事の変死が続いていることに気がついた。マカヴォイはFBIとともに、現場にポーの詩の一節を残す連続殺人犯〈詩人(ザ・ポエット)〉の手がかりをさがす。
 渾身、ですな。
 いくらなんでも新聞記者がそんなに簡単にFBIに同行できるのかよとか〈詩人〉ってけっこう間抜けじゃんとか、ツッコミどころがないわけじゃないが、しかしそんなことは気にならない(気にしてんじゃん!)。多少はじめのほうがもったりした印象はあるが、それも徐々に加速していき、畳み込むような終盤のあれやこれやに翻弄されるころになると終わってしまうのが残念に思えてくる。
 さすが、コナリー。

★★★★(2003.8.4 黒犬)


バッドラック・ムーン(上・下)
Void Moon  4-06-273222-X 4-06-273223-8
木村二郎・訳 講談社/講談社文庫 上876円・下857円


 2001.8.15初版。原著は2000年。コナリーの単発もの、主人公は女泥棒です。
 元窃盗犯で仮釈放中のキャシーは、必要に迫られて昔の稼業にふたたび手を染める。ラス・ヴェガスのホテルからなんとか大金を盗み出すことに成功するが、その金は訳ありで、冷血な始末屋が彼女のあとを追ってくる。はたしてキャシーは逃げ延びられるか――。
 原題“Void Moon”はキャシーの昔の仲間レオがはまっている占星術の用語で、なにが起こるかわからない悪運の時間帯――その時間帯に行動を起こしてはいけない。むろんアクシデントのせいで行動を起こさざるを得なくなるわけですが(そうでなきゃ話になりませんわな)。
 なかなか面白かったです。女の主人公というのがどんなもんかなあと不安でしたが、さすがコナリー、不備はないです。上下巻、すいすいと読み進みました。映画化権も売れており、コナリー自身が脚本を書いたとか。たしかに、映画に向いてそう。コナリーらしく悲惨な話ではあるのだけれど、不思議と読後感は悪くなかったです。
 で、本の内容はさておいて。
 品物として「読みづらい」本だ。そして上下巻の長さを感じない。なぜか。文庫本にしては異様に厚い紙を使っているからだろう。上巻312ページ、下巻278ページ。
 手元にある別の上下巻本と比べてみよう。ジェフリー・ディーヴァーの「死の教訓(上・下)」(講談社文庫)。上下重ねると「バッドラック・ムーン」とだいたい同じぐらい。で、「死の教訓」のほうは上巻424ページ(667円)、下巻366ページ(667円)だ。
 どういうことですかね。コナリーのアドバンス(前払い印税)が高かったんでしょうか(翻訳書の多くは原著者にアドバンスを払うかたちになっている。たとえば1万ドルをあらかじめ前払いして、売り上げ印税が1万ドル以下でも損をしないようにするわけだ。日本の出版社は、その額に届かない分は丸損になるわけだから、なんとかアドバンス分は売りたいわけで、本の定価を上げたりなどして工夫するわけですね。映画化が決まっていたりベストセラー作家のものなどはアドバンスが莫大な額にのぼることがある。コナリーは映画化づいているからそのせいか)。
 まあ出版社もいろいろ大変なんだろうけど、紙質をかえて厚くするなんてことまでしなくてもいいのに。だいたい読みにくいんですよ。1ページめくっても数ページめくっちゃったんじゃないかと気になってしょうがない(本屋で見かけたら手に取ってみてください)。
「バッドラック・ムーン」の上下巻を単純に合計すると、590ページ。坂東眞砂子の「道祖土家の猿嫁」(講談社文庫 819円)は一巻本で608ページ。単純に材料費だけを考えれば「道祖土家」より安く作れるはずで、初版部数の差を考慮したとしても一巻本にして1000円前後で出せるんじゃなかろうか。まあ商売のことはどうでもいいというか仕方がないですけど。
 でも定価があがったことで手に取る人が少なくなるとすれば、じぶんの首を絞めてるような気もするよ。
 ともあれ、このごわごわした紙はもうやめてほしい。読みにくいから。
 訳者は1949年生まれのベテラン。滞米歴が長いせいか、カタカナ語にくせがある。「ディザイン」とか「カリフォーニア」とか。まあそんなすっごく気になるほどではないけれども。

★★★★(2003.3.30 黒犬)


 キャシー・ブラックは仮釈放中の元窃盗犯。自動車販売員の仕事をしているが、ある目的のために昔の仕事仲間に連絡をとる。一回だけの、新しい生活が始められるくらいでかい仕事――カモはプロのギャンブラー、現場はラス・ヴェガスのホテル。そこは前にキャシーが捕まったホテルだった。
 ボッシュ刑事シリーズでおなじみ、コナリーの単発作品。すでにワーナーが7桁の金額で映画化権を取得とあるが、ブロンドの美人窃盗犯、ラスヴェガスのホテルとくれば、ぜひ見てみたい。
 美人窃盗犯などとしてしまうと、チャーリーズ・エンジェルみたいなのを思い浮かべる人も多かろうと思うが、本作のキャシーは堂々たる“プロ”である。水も漏らさぬような周到な準備を行い、あとはチャンスが訪れるまでひたすら待つ。この「ああして、こうして、こうなって」にわたしはとても弱い。狙い通りに事が運ばないシーンではいらいらする。仕事が成功するよう祈ってしまっている。
 原題の「Void Moon」については本文中に出ている。
 仕事の手はずを伝える昔の仕事仲間レオがキャシーに言う。

「絶対に午前三時二十二分から三時三十分のあいだは、この男の部屋にいないでくれ。(中略)ヴォイド・ムーンなんだ」
「ヴォイド・ムーンって何なの?」
「占星術におけるある状況なんだ。いいかい? 月が天球で一つの宮から次の宮に移るあいだ、まったくどこの宮にもはいってないときがある。そのときは次の宮に入るまで、ヴォイド・オブ・コースというんだ。それがヴォイド・ムーンだ。(中略)それは最悪の時間なんだ、キャシー。ヴォイド・ムーンのときには何が起こるかわからない(後略)」(上巻 p.99)

 何が起こるかは読んでのお楽しみ。ところで、この文庫すごく紙が厚いんですが……だいたい同じツカの講談社文庫と比べると100ページ以上少ない。薄いとさびしいのでボリューム出してみました、とか?

★★★★☆(2003.4.10 白犬)


わが心臓の痛み(上・下)
Blood Work  4-594-03802-6  4-594-03803-4
古沢嘉通・訳 扶桑社/扶桑社ミステリー 上下各838円


 2002.11.30初版。原著は97年(と巻末著作リストにはあるが(c)表記は1998)、邦訳単行本は2001年。これまた映画化のために文庫化が早まりました。カバーはクリント・イーストウッド(映画「ブラッドワーク」主演・監督)だし。
 主人公は元FBI捜査官マッケイレブ。まだ46歳なのに心理分析官(プロファイラー)を引退しなくてはならなかったのは、心臓の持病――心筋症のせいだった。しかし幸運なことに血液型の合致するドナーがあり、心臓移植手術も成功。リハビリしつつ隠遁生活を送っていた。ある日、彼のもとに一人の女があらわれる。マッケイレブの心臓は、その女の妹のものであると告げる。女はマッケイレブに、妹を殺したコンビニ強盗犯を探すことを頼みに来たのだった。
 おもしれえ。主人公が(まだ若いのに)イーストウッドの顔でしか思い浮かばないという難点を除いては(笑)、とっても面白い。マッケイレブの葛藤が、なかなかいいです。充実の一作。

★★★★☆(2003.1.10 黒犬)


 心筋症で早期引退を余儀なくれた元FBI捜査官マッケイレブ。心臓移植手術を受け、父から譲り受けた船で暮らす彼のもとに、ある日、見知らぬ女が訪れる。あなたはわたしを助けてくださることができるはずです――女はじぶんの殺された妹が心臓の提供者であることを明かす。復帰を決意したマッケレイブは担当医の警告を無視し、事件の解明に乗り出す。
 99年にアンソニー賞、マカヴィティ賞、フランス推理小説大賞の3賞を受賞。クリント・イーストウッド監督・主演で映画化。原作では40代の主人公を73歳のイーストウッドがどう演じたのかという不安はさておき、3賞受賞はだてじゃない。とくに捜査権を持たないマッケイレブが、膨大な記録の中から探し出したわずかな手がかりを検証し、少しずつ縒り合わせて真相に迫る過程が見事。こういう傑作を読んでしまうと、しばらくはほかの作品がちゃちに思えてしょうがなくなるから困る。おすすめ。

▽映画「ブラッド・ワーク」はこちらで
http://bloodworkmovie.warnerbros.com/home.html

★★★★★(2003.2.13 白犬)

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last updated : 2003/12/19
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